有期労働契約の契約社員に対する退職金に関する最高裁判決について

弁護士 栗山 博史

2020年11月6日

1 はじめに
 2020年10月13日、東京メトロ(地下鉄)の子会社との間で、期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を締結して駅構内の売店で勤務していた労働者(契約社員)が、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)をしていた労働者(いわゆる正社員)との間で、退職金等に相違があるのは不合理だとして争った裁判で、最高裁判決が出されました。大きくメディア報道がされましたのでご存知の方も多いかと思います。
 この事案では、東京高裁は、2019年2月に、会社が退職金を全く支払わないのは不合理だとして、正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額を支払うべきだと判断していたのですが、最高裁はこの結論を覆しました。裁判官の1名は、東京高裁の判断を支持して反対意見を書いていますので、裁判官によって判断が分かれる難しい事案だったといえます。
 どのあたりが
判断の分かれ目になったのか、ということを考えてみたいと思います。

2 法律の定め
 2018年改正前の労働契約法20条という規定がありました。
 以下の規定です。
 「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」
 一言でいえば、有期の労働者と無期の労働者との間の労働条件(待遇)の違いは、職務内容や責任の程度など諸々の事情を考慮して、不合理であってはならない、とするものです。逆に言えば、職務内容や責任の程度などの諸事情が同じであるなら、待遇に差を付けることは許されない、ということを意味します。
 この規定は、2020年4月1日以降、削除されて、同趣旨の規定が、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条に引き継がれています。

3 最高裁判決の事案の概要
 原告2名のうち1名は2004年4月から、もう1名は2004年8月から契約期間を1年以内とする有期労働契約の更新を繰り返しながら、駅構内の売店での販売業務に従事し、65歳の定年になるまで、いずれも10年程度働きました。
 この会社の労働形態は、正社員、契約社員A、契約社員Bの3つがあり、原告両名はいずれも契約社員Bという立場でした。
 正社員も契約社員も定年は65歳ですが、次のような違いがありました。
 正社員は、期間の定めがありません。本社の各部署に配属されるほか、事業所に配置される場合もあれば、関連会社に出向する場合もあります。職務の限定はなく、配置転換、職種転換を命じられた場合には正当な理由なく拒否することはできませんでした。ただ、売店業務に従事していた正社員もわずかにいました(そのうち半数程度は、登用制度により契約社員Bから契約社員Aを経て正社員になった者でした)。
 契約社員Aの契約期間は1年とされており、本社と事業所の限られた部署以外には配属されませんでした(なお、2016年4月から無期の契約に変わり、退職金も支給されるようになりました)。
 契約社員Bの契約期間は1年以内とされており、業務の場所の変更を命ぜられることはありましたが、業務内容の変更はなく、配置転換や出向を命じられることもありませんでした。
 以上のように、正社員と、原告両名の立場(契約社員B)は、業務内容や責任の程度、配置転換の有無等で、明らかに違うように思えるのですが、原告両名が待遇の比較の対象として取り上げたのは、売店業務に従事する正社員でした。原告両名は、売店業務に従事している正社員が行っている仕事の内容は、契約社員Bである原告両名の仕事の内容と同じであるとして、10年間にわたって会社に貢献してきたにもかかわらず、正社員であるかないかによって退職金の支給の有無が決まるのは不合理だと訴えてきたのです。

4 最高裁の判断 ~多数意見~
 この点について、最高裁は,おおむね次のように述べました。

 売店業務に従事する正社員と契約社員Bである原告両名の業務の内容はおおむね共通するものの…………

○正社員は、販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を担う代務業務を担当していた
○正社員は、複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し、契約社員Bは、売店業務に専従していた
 したがって、業務に伴う責任の程度に一定の相違があった

○売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく拒否することができなかったのに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかった
 したがって、業務内容・責任の程度・配置の変更の範囲にも一定の相違があった

○売店業務に従事する正社員と同一の雇用管理区分に属する他の多くの正社員と比較すると、業務内容、責任の程度、配置等の変更の範囲について相違があった
○売店業務に従事する従業員の2割に満たない正社員については、職務経験に照らし、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があった
○この会社では、契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け、相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していた(2010年から2014年までの間で、契約社員Aへの登用試験につき受験者合計134名のうち28名が、正社員への登用試験につき同105名のうち78名がそれぞれ合格している)
 これらの事情は、「その他の事情」(労働契約法20条)として考慮すべきである

 最高裁は、以上のように、労働契約法20条が定める諸事情を考慮し、また、この会社の退職金の趣旨について、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであるとの前提に立った上で、売店業務に従事する正社員と契約社員Bとの間に退職金の支給の有無に関する待遇(労働条件)の違いがあることは、不合理であるとまでいえない、と判断しました。

5 異なった見方 ~反対意見~
 この最高裁判決を出した第三小法廷の宇賀克也裁判官(行政法を専門とする学者です)は、上記の多数意見に対して反対意見を書いています。
 宇賀裁判官は、契約社員Bの労働契約が原則として更新され、定年が65歳と定められており、正社員と同様、特段の事情がない限り、65歳までの勤務が保障されていたこと、契約社員Bの新規採用者の平均年齢が47歳程度であり、そうすると、契約社員Bは、平均して約18年間にわたって勤務することを保障されていたことを指摘しています。この会社では、東京メトロ(親会社)から57歳以上の社員を出向者として受け入れ、60歳を超えてから正社員に切り替える取り扱いもしているということであり、そうだとすると、正社員よりも契約社員Bの方が長期間にわたり勤務することもある、というのです。退職金が、継続的な勤務に対する功労報償という性質を含むのであれば、このような性質は、契約社員Bにも当てはまるのではないか、と述べています。
 また、仕事の内容としても、契約社員Bも代務業務を行うことがあり、代務業務が正社員でなければ行えないような専門性を必要とするものとも考えがたいとか、エリアマネージャー業務に従事するのは正社員に限られるものの、その業務が他の売店業務と質的に異なるものであるかは評価の分かれ得るところであるとも述べています。
 さらに、多数意見は、売店業務に従事する正社員であったとしても、配置転換、職種転換、出向の可能性があることを指摘し、契約社員Bとの違いを指摘していますが、宇賀裁判官は、売店業務に従事する正社員は、いわゆる人事ローテーションの一環として現場の勤務を一定期間行わせるという位置づけのものであったとはいえないと述べています。
 こうして、宇賀裁判官は、売店業務に従事する正社員と契約社員Bとの間に退職金支給の有無に関する待遇(労働条件)の差異をもうけることは不合理であるとの考えを表明しました。

 同じ事実を見ているはずなのに、裁判官によって評価が分かれるということはよくあります。仕事における責任の程度が違う、配置換えもあり得る、という多数意見の指摘は理解できないわけありませんが、宇賀裁判官の方が、「制度としてそういうものだということはわかるけど、実態はどうなのか?」と、具体的な事実に即して疑問を投げかけており、私にはこういう見方の方が説得力があるように思いました。
 東京高裁も、正社員の退職金と同一の金額を支給しないのが不合理だとしたのではなく、4分の1に相当する金額すら支給しないのは不合理だとしたものです。これを破棄するほどの事情があったのかと、疑問に思いました。

 なお、この最高裁判決の2日後に、郵便局で配達等の郵便業務に従事する社員について、正社員に対して夏期冬期休暇を与えるのに、時給制契約社員に対しては夏期冬期休暇を与えないのは不合理だとする最高裁判決(2020年10月15日第一小法廷判決)が出されました。夏期冬期休暇(夏期3日、冬期3日)が与えられる趣旨は、有給休暇や病気休暇等とは別に労働から離れる機会を与えることにより心身の回復を図るというものであるから、これは、時給制契約社員にも当てはまるというものです。こちらは、全員一致の極めてシンプルな内容の判決です。