弁護士の事件簿・コラム

新型コロナウィルスと海外旅行のキャンセル

弁護士 栗山 博史


 新型コロナウィルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が延長されました。もちろん生命の安全が第一ですが、他方で経済活動の自粛により生活自体が立ちゆかなくなっている人々が出てきている中、一日も早くこの状況が終息に向かうよう願うばかりです。


 さて、今回のコラムでは、新型コロナ感染拡大に伴う海外旅行のキャンセル料の問題を取り上げたいと思います。春休みや夏休みを利用して海外に行かれる方が相当数いらっしゃいますが、この3月は、特に新型コロナウィルスが急速に世界的に拡大し、海外旅行のキャンセルをされた方が少なくないと思います。私も知人から海外旅行をキャンセルしたいけど、キャンセル料はどうなるでしょうか、という相談を受けました。

 以下のようなケースでした。

 3月1日から10日までのイタリア旅行に申し込んでいます。前半は南イタリアに行き、その後北上し、ローマ、最後にベネチアに行くことになっています。北イタリアのミラノでは新型コロナの感染が拡大し、本日(2月26日)の時点ですでに多くの観光場所が閉鎖されています。このままだと同じ北イタリアのベネチアにも感染が拡大するでしょうし、自分が感染する危険もあります。帰国したときに発熱等していれば隔離されてしまうかもしれません。また、観光場所も悉く閉鎖され、現地で自由に移動できなくなってしまうのではないかと心配です。
 旅行会社にキャンセルについて聞いてみたところ、このツアーは催行中止になっていないので、今キャンセルしたら20%のキャンセル料がかかると言われました。このような状況でもキャンセル料の負担はしなければならないのでしょうか。


 この知人が旅行会社に問い合わせたときの回答のように、旅行会社は、旅行会社自身が催行中止を決めた後はキャンセル料の負担なしでのキャンセルを認めますが、催行中止を決める前の段階で顧客がキャンセルした場合、約款で決まっているキャンセル料の負担は免れないという取扱をしています。
 この知人は、結局、キャンセル料の負担を覚悟して、イタリア旅行はキャンセルしました。キャンセル料は、約款上、旅行開始日より前の2日間であれば50%、3日前以前であれば20%と決まっているので、急いでキャンセルし、20%のキャンセル料を支払うことになりました。
 その後の経過を見ていたところ、新型コロナウィルスは案の定ベネチアにも拡大しました。3月1日の時点で外務省が海外危険情報レベル2(「不要不急の渡航は止めて下さい」)を発出し、これを受けてまもなく、旅行会社もベネチアが行き先になっているツアーの催行を中止しました。3月8日には、イタリアの首相がミラノやベネチア等の都市を封鎖し、地域をまたぐ出入りが4月上旬まで原則禁止されるという事態になりました。
 もし、旅行会社がツアー催行を中止していないから大丈夫だろうと思って予定通り3月1日に出発していれば、知人はまさにベネチアに移動することすらできなかっただろうことは明らかでした。


 さて、キャンセル料の話に戻りますが、旅行会社自身の判断でツアーを催行していればキャンセル料が発生し、ツアー催行を中止していればキャンセル料が発生しない、という旅行会社の一律の取扱い(このような取扱は旅行会社に共通しており、旅行会社のホームページ等にも明確に記載されています)が、約款の解釈として正しいのか、と問われれば、私はそうではないと思っています。
 旅行会社の約款では、旅行者の「解除権」(キャンセル料の負担なく一方的にキャンセルできる場合)の規定があり、次のような場合には、キャンセル料を支払うことなく旅行契約を解除することができるとされています。
 「天災地変、戦乱、暴動、運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、官公署の命令その他の事由により旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となり、又は、不可能になるおそれが極めて大きいとき」
 新型コロナウィルスのような生命身体の安全を脅かす感染症の拡大も「その他の事由」に含まれるという解釈は十分に可能でしょう。また、「旅行の安全かつ円滑な実施が不可能になるおそれが極めて大きい」といえるかどうかについては、キャンセルをした時点で、そのような状況が客観的に存在しているかどうかが問題であり、旅行会社がツアーを催行しているかどうかで決まるわけではありません。


 このケースと事案は異なりますが、2001年9月11日の米国同時多発テロに伴う旅行先の隣接地域の情勢悪化を理由にして、旅行約款に基づくキャンセル料の負担なしの解除ができる状況にあったにもかかわらず、旅行会社が、「予定どおりに催行する」「キャンセルした場合にはキャンセル料がかかる」と説明したために、旅行者が旅行に出発した(ただし、途中で当該危険地域への旅行は中止しました)という事案について、旅行会社に説明義務違反があるとして慰謝料の支払を認めたケースがあります。
 この事案について、東京地裁平成16年1月28日判決(その後東京高裁は旅行会社の控訴を棄却しました)は、解除条項の適用の可否について、「旅行の日程及び内容、旅行先の外国地域の政治・社会情勢及びその変化の見通し等の諸事情を総合的に勘案して、旅行の安全かつ円滑な実施が不可能となるおそれが極めて大きいと認められるかどうかにより判断すべきである」としており、海外危険情報(危険度2以上)が発出されているかどうかにより決めるべきであるとする旅行会社の主張を退けています。要は、キャンセル料の負担なしでキャンセルできるかどうかは、杓子定規に決めるのではなく、諸事情を総合的に判断することが必要だと述べたのです。
 旅行会社は営利を目的とする企業ですから、できるだけ収益を確保する必要があり、できるだけ催行中止にしたくないと考えるのが自然でしょう。また、キャンセル料の負担の有無について、個々の案件に応じて柔軟に対応するのは煩わしいので、一律に催行中止の有無で処理したいという考えも理解できなくはありません。
 しかし、旅行会社には、単に旅行を手配するだけでなく、専門家として、収集した豊富な情報に基づいて、安全かつ円滑な旅行を確保する責務があり、だからこそ、対価として旅行者から手数料を受け取っています。また、特に、このインターネット時代において、現地の情報をタイムリーに収集することは極めて容易になっています。そうだとすれば、旅行会社の催行中止の判断は、政府の危険情報レベルに依拠するのではなく、よりきめ細やかに行われるべきだと思います。また、催行中止にしていないとしても、キャンセル料の負担なしでのキャンセルの可否について丁寧に検討し、説明する責任があるのではないでしょうか。旅行会社自身が定めた約款を正しく解釈し、顧客に正しく説明しなければなりません。


 旅行の他にも、冠婚葬祭や公共的な催し物など、新型コロナウィルス感染防止に伴うイベントのキャンセルと、それによって発生する不利益を誰がどのように負担するのかという問題は、すでにいろいろな場面で発生し、今後も問題になってゆくと思います。また、当事者になってしまったときの状況としても、すでにお金を相手方の会社に支払っており、その返金が問題となっている場合、逆に、お金の支払いを請求されている場合など、いろいろと想定されます。
 あまり想定されていない異常事態であるからこそ、答えは簡単ではありません。実際にどのように対応すべきかはケースバイケースですので、弁護士にご相談いただければと思います。

「弁護士の事件簿・コラム」一覧へ »