詐欺罪か窃盗罪か

弁護士 中里 勇輝

2020年4月14日

1 はじめに
 皆様は,「詐欺罪」や「窃盗罪」と聞いて,どのような犯罪を想像しますか。詐欺罪はだまし取る,窃盗罪は勝手に持ち去るという印象かもしれません。全く別の犯罪だという印象が強いと思いますが,事案によっては,いずれが成立すると判断するべきか悩ましい場合があります。
 以前,オレオレ詐欺に関するコラムの中で,「キャッシュカードを偽物とすり替える犯行は,詐欺ではなく窃盗になる」ということを書きましたが,コラムを読んで下さった方から,そのことについて聞かれたことがありました。そこで,今回のコラムでは,イメージが大きく異なるであろう詐欺罪と窃盗罪について,どちらに該当するか悩ましい事案があることについて,書いていきます。

2 具体例
⑴ 事案
 次の事案を読んで下さい(私が実際に悩んだ事件をもとに考えた架空の事案です)。Xが犯人,Yが被害者です。

 Xは,無職で生活に困っており,何かお金を稼ぐ手段はないかと考えていました。そこでXが思いついたのは,クリーニング屋であると嘘をついて一般の家庭を回り,服のクリーニングをしますよと嘘の営業をもちかけて服をだまし取り,だまし取った服を転売して日銭にしようというものでした。当然ながら,Xは,預かった服をクリーニングにするつもりなど一切ありませんでした。
 Xが最初にターゲットにした家はYの家でした。
 Xは,Yの一軒家のインターホンを押しました。すると,Yが対応してくれました。Xは,インターホンで,Yに対して,自分がクリーニング屋であること,このように一般家庭を回ってクリーニングが必要なものはないかどうか聞いて回っていること,家に入れてほしいということを説明しました。もちろんXの説明は嘘です。
 Yは,Xの説明を聞いて,Xが本当にクリーニング屋なのだと信じ,Xを玄関の中に入れました。
 そして,Yは,ちょうど気に入っていた服にシミがついたことを思い出し,Xに「お気に入りの服にシミがついてしまって,シミ抜きができるかどうか見てくれませんか。」と依頼し,Xは「分かりました。」と了解しました。Yは,部屋の中から1着の服を持ってきて,シミ抜きができるかどうかその場で判断してもらうために,玄関にいるXに服を預けました。Yは,もしXがシミ抜きできると言ってくれるのであれば,Xにお願いしようと思っていました。しかし,当時は現金を持っていなかったので,一旦服を戻してもらい,現金を準備してから,またXにお願いするつもりでした。
 Xは,シミ抜きができるかどうかなど全く判断する能力もなく,そのような判断をするつもりもありませんでしたが,Yに疑われないようにするために,じっとシミを見ていました。
 すると,Yの家の中ら電話の音が鳴ったため,Yは,Xから視線を外し,部屋の方を振り返りました。
 Xは,Yの視線が自分から外れた瞬間を見逃さず,Xから預かった服を持ったまま,Yの玄関から外に出て逃げました。

 事案は以上のとおりです。
 一連の行為について,Xにどのような犯罪が成立するでしょうか。このコラムのタイトルからして,詐欺罪か窃盗罪のいずれかになるだろうということは想像がつくかと思います。

⑵ 私見
 XがYの服を持ち去った行為について,私は,詐欺罪ではなく,窃盗罪が成立するのではないかと考えます。そのように考えた理由を説明します。
 そもそも,犯罪が成立するには,法律で定められた要件をみたさなければなりません。
 例えば,詐欺罪では
 1 人を欺く行為(嘘をつく)
 2 被害者がその嘘を信用し
 3 被害者が1の嘘を信用したことによって,犯人が財物の交付を受けること
が要件となります(細かい話をするといろいろな要件がありますが,このコラムでは省略します)。
 なお,「財物」についてもいろいろな議論がありますが,ひとまず財産的な価値のある物のことだとご理解ください。当然ながら,今回YがXに渡した服も「財物」に該当します。
 そうすると,Xはクリーニング屋だと嘘をつき(1の要件),Yがその嘘が本当なのだと信用し(2の要件),Xが財物である服を受け取っているのだから,詐欺罪が成立するとも考えられそうです。
 しかし,私が,詐欺罪が成立しないと考えたのは,3の要件をみたさないと考えたためです(要件の整理によっては,1の要件をみたなさいという考え方もありうるところですが,このコラムでは,分かりやすさを重視して3の要件として整理します)。
 3の要件の「財物の交付」とは,財物の占有を取得することをいいます。
 当然,「占有とは何なのか」という疑問が出てくると思います。
 「占有」について,判例では「刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係」などと表現されており,物を事実上支配・管理する状態を意味するという理解が一般的かと思います。
 話が長くなりましたが,ここまでの話を整理すると,「財物の交付を受けること」という要件は,「財産的な価値のある物について,事実上支配・管理する状態を取得すること」ということになります。
 そして今回のポイントは,財物の交付を「受けた」という部分です。詐欺罪は,被害者から財物の支配・管理を受ける,つまり,財物の支配・管理が犯人に移ることについて,被害者が同意していることが特徴なのです。
 これに対して,窃盗罪は,財物の支配・管理を奪う罪だと理解されています。窃盗罪の場合,財物の支配・管理が犯人に移ることについて,被害者は同意していない,つまり,被害者の意思に反しているのです。
 この違いを要約すると,占有(財物の支配・管理)が被害者から犯人に移ることについて,被害者が同意している場合は詐欺罪,被害者の意思に反している場合は窃盗罪になるといえます(万引きは,お店の同意なく勝手に商品を待ち去っていますから,窃盗罪になるといえます。他方,店長に,「必ず後でお金を持ってくるから」とうそをついて,商品も持ち出すことを許された場合,店から商品を持ち出すことを被害者が同意していますから,詐欺罪になるといえます)。

 ここまで説明しても,ピンとこない方がいらっしゃるかと思いますが,先ほどの事案をもとに検討したいと思います。なお,検討にあたっては,①YがXに服を預ける場面と②Xが服を持ったままYの家から出る場面に分けて考えることが有益です。
 まず,①のYがXに服を預ける場面です。
 Xは,たしかに,Yから服を受け取っており,「財物の交付を受けた」といえそうな気がします。
 しかし,Yが服を預けたのは,しみ抜きできるかどうかを判断してもらうためにすぎません。つまり,その一瞬だけ預けたに過ぎないのです。まして,服を預かったXは,Yの目の前にいます。
 このような状態では,いまだ,Yがその服を支配・管理していたと考えるのが自然です。そのため,まだ,Xが服を支配・管理していたとはいえない,つまり「財物の交付」がなされていないと考えられるのです。
 窃盗罪においても詐欺罪においても,財物の占有が犯人に移った段階にならなければ犯罪は成立しません。この時点では,服の占有がXに変わっていない以上,詐欺罪も窃盗罪も成立しないのです。
 次に,②のXが服を持ったままYの家から出た場面です。
 この場面では,Xが,Yの監視を離れて,一人で服を持っている状態になります。なので,Xが服を支配・管理している,つまりXが服を「占有している」といえます。
 では,服の占有がXに移ることについて,Yは同意しているのでしょうか。
 Yは,あくまで,シミ抜きができるかどうかその場で判断してもらうために,玄関にいるXに服を預けたにすぎませんでした。手持ちの現金の問題から,その場で契約するつもりもなかったため,服を返してもらおうと思っていました。
 したがって,Yとしては,Xが服を家の外に持ち出すことを同意していなかったといえます。
 つまり,服の占有がXに移ることについて,Yは同意しておらず,むしろ,Yは,意思に反して服の占有を奪われたといえ,Xに窃盗罪が成立すると考えられるのです。
 例えば,この事案において,Xが「クリーニングをお任せください」とYに言い,Yが,Xにクリーニングをお願いするつもりで服を預けたのだとしたらどうでしょうか。
 この場合,Yは,Xが服を家の外に持ち出すことを許していた,つまり,占有がYからXに移転することを同意していたといえますから,詐欺罪が成立すると考えられるのです。

3 キャッシュカードをだまし取るオレオレ詐欺について
 オレオレ詐欺では,被害者からキャッシュカードをだまし取ることが多いです。
 通常は,警察官などを装って,キャッシュカードを回収するなどと嘘をつき,受け子がキャッシュカードを受け取りに行ってだまし取ります。この場合,被害者は,受け子がキャッシュカードを自宅から持ち出すことを同意していますから,キャッシュカードの占有が移ることについて同意しているとして,詐欺罪になります。
 しかし,すり替え型と呼ばれるタイプ(受け子が,キャッシュカードを確認するなどという名目でキャッシュカードを被害者から預かった後,被害者の隙をついてもともと準備していた偽物のキャッシュカードとすり替え,あたかも預かったカードであるかのように偽物のキャッシュカードを被害者に返す犯行)の場合,被害者は,確認のために受け子にキャッシュカードを見せたに過ぎず,受け子がキャッシュカードを家の外に持ち出すことに同意していません。
 この場合,被害者は,キャッシュカードの占有が受け子に移ることを同意しておらず,むしろ,意思に反してキャッシュカードの占有を奪われていますから,窃盗罪になると考えられます。

4 終わりに
 「六法全書を丸暗記しているのですか?」と聞かれることがたまにあります。もちろん,丸暗記はしておりません。逆にいうと,六法全書を丸暗記していれば,何でも解決するわけではありません。
 刑法は,詐欺罪を「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。」とし,窃盗罪を「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」と定めています。
 ですが,この文言だけを覚えていれば,どんな事案が詐欺罪になり,どんな事案が窃盗罪になるのか分かるのかというと,そうではないと思います。
 法律の適用にあたっては,条文の解釈が必要なことがほとんどです。条文を読めば誰でも簡単に結論が分かりますとはいえないのが実情であり,そういった法律に関する悩みを解決することが法律家に求められるのだと思います。