弁護士の事件簿・コラム

管轄について

弁護士 中里 勇輝

1 はじめに
 訴訟や調停は,当然ですが,裁判所で行われます。
 しかし,全国各地に存在する裁判所のうち,どの裁判所でも自由に訴訟や調停を起こすことができるかというと,そういうわけではありません。

 法律がどの裁判所が事件を取り扱うことができるのかを定めており,これを「管轄」と呼んでいます。

 今回のコラムではこの「管轄」について説明します。

2 交通事故の事件を例に
 例えば,Aさんが交通事故の被害に遭い,怪我をして通院を余儀なくされたので,その通院費用や慰謝料の支払を求めるために,車の運転手であったBさんを相手に訴訟を起こしたいと考えたとします。
 このような場合について,民事訴訟法4条1項は「訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する」と定めており,Aさんには,被告,つまり訴えられる側であるBさんの普通裁判籍の所在地を担当する裁判所で訴訟をするという選択肢があります。普通裁判籍の所在地は住所で決まりますので(民事訴訟法4条2項),Bさんの住所を担当する裁判所に訴訟を提起するということになります。
 AさんがBさんの近くに住んでいるような場合であれば,この規定に基づいてBさんの住所を担当する裁判所に訴訟を提起すれば,Aさんが長距離の移動を強いられるようなことはありません。
 しかし,例えば,Bさんが旅行で遠方に来ていた際に車を運転してAさんに怪我を負わせてしまったような場合,Aさんからすると,Bさんの住所を担当する裁判所は遠くになってしまいます。Aさんが敢えて遠くの裁判所に訴訟を提起することは可能ですが,躊躇されるところです。
 このような場合,Aさんの選択肢としては,民事訴訟法5条1号の「財産権上の訴え」として「義務履行地」であるAさんの住所を担当する裁判所(民法484条1項が債権者の住所地での支払いを原則としているため,「義務履行地」はAさんの住所地であることになります)か,もしくは民事訴訟法5条9号の「不法行為に関する訴え」として「不法行為があった地」つまり,交通事故が発生した場所を担当する裁判所に訴訟を提起することが可能となります。
 このように,今回の交通事故の訴訟の提起先として,Bさんの住所を担当する裁判所,Aさんの住所を担当する裁判所,交通事故の発生場所を担当する裁判所という選択肢があるのです。

3 離婚事件の場合
(1)調停前置主義
 では,離婚事件の場合はどうなるのでしょうか。
 管轄を説明する前に,離婚事件における調停前置主義について説明します。
 調停前置主義とは,特定の事件について,いきなり訴訟を提起するのではなく,まず調停を申し立てなければならないという制度のことをいいます(家事事件手続法257条1項)。
 この調停前置主義に従うと,調停では事件が解決できないときに訴訟を提起するという流れになります。
 では,調停と訴訟についてそれぞれ管轄はどうなっているのでしょうか。

(2)離婚調停の管轄
 調停の管轄について,家事事件手続法257条1項は,「家事調停事件は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所の管轄に属する。」と定めています。つまり,調停を申し立てる側が調停の相手方である配偶者の住所地を担当する家庭裁判所まで出向くか,もしくは,配偶者同士で「ここの家庭裁判所で調停を行う」という合意をすることで,その家庭裁判所に調停を起こすこともできます。
 夫婦が別居して離れて暮らしているような場合だと,相手方配偶者の住所地を担当する家庭裁判所で調停を起こさなければならないという点が障害になることもあります。

(3)離婚訴訟の管轄
 離婚調停で離婚が成立しなかった場合,離婚を求める側は,離婚訴訟の提起を検討することになります。
 そして,離婚訴訟については,離婚調停とは異なり,「人事に関する訴えは、当該訴えに係る身分関係の当事者が普通裁判籍を有する地・・・に専属する。」(人事訴訟法4条1項)定められています。
 少し複雑ですが,離婚訴訟については,夫婦のどちらかの住所を担当する裁判所に提起できるということです。

(4)実例のご紹介
 私が担当していた事件でも,依頼者ご本人は神奈川県内に居住されていましたが,配偶者 が他県に居住していたために,他県の家庭裁判所に離婚調停を申し立てなければならないことがありました。調停の期日では,他県の家庭裁判所までの移動,長時間の調停,家庭裁判所から戻るという1日がかりの対応をしていました。
 離婚調停では,弁護士だけでなくご本人も調停に参加することが一般的であるため,依頼者ご本人にも同じく1日がかりの対応をお願いすることとなり,ご本人の負担も大きかった事案でした。
 その後,何度か調停を行ったものの調停不成立となったため,先ほどご紹介した人事訴訟法4条1項の規定に基づき,神奈川県の家庭裁判所に離婚訴訟を提起できたため,離婚調停とは異なり,離婚訴訟では移動の負担がなくなったという事案でした。

4 おわりに
 どの裁判所で裁判や調停が行われるのかという管轄の問題は非常に重要です。例えば,遠くの裁判所での対応を余儀なくされる場合,その裁判所の近くの弁護士に依頼すべきか,自分の近くの弁護士に依頼すべきか悩ましいところです。というのも,自分の近くの弁護士であれば,打合せが容易に行える反面,遠くの裁判所に出廷することになるため,費用の負担が大きくなる可能性があるためです。
 管轄に関して,法律は細かく規定を設けており,これまで説明した内容について例外が認められることもあります。
 例えば,他県の裁判所に遺産分割調停を申し立てられた方から相談を受け,代理人として,他県の裁判所の裁判官に,事件の内容を踏まえれば神奈川県の裁判所に移送すべきであると主張し,神奈川県の裁判所に移送するという判断を得た事案などがありました。
 このように,遠くの裁判所に訴訟や調停を申し立てられて困っているというような場合であっても,状況によっては,別の裁判所に事件を移送させることを求めることが可能な場合もありますので,諦めずに弁護士に相談されることをお勧めいたします。

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