弁護士の事件簿・コラム

「相続させたくない人」がいる時はどうしたら?

弁護士 野呂 芳子

1 「自分の遺産は○○には相続させたくない。」
 人が亡くなった場合、相続する権利があるのは誰かということは民法で決められており、例えば、親が亡くなった場合、子どもには相続する権利があります。
 しかし、自分が将来亡くなった時に、このように法律で決められた相続人(「推定相続人」といいます。)に、何らかの理由で、どうしても相続させたくない、という場合があります。
 そうした場合、どのような法的手続をとればいいのでしょうか?

2 「相続放棄」の一筆を書かせる?
 時々、「私が生きているうちに、○○(注、相続させたくない人)に、『相続の権利は放棄します。』と一筆書かせておこうと思います。」ですとか、「○○に、『遺産については一切要求しない。』と一筆書かせました。これで大丈夫ですよね?」といったご相談を受けることがあります。
 しかし、残念ながら、こうした書面を作成されても、法律的な効力はありません。
 亡くなる前に、その方の相続放棄をすることはできないのです。

3 遺言書を作成する
 では、遺言書を作成して、「○○には一切相続させない。」と書いておくことはどうでしょうか。
 この「○○」が、兄弟姉妹や甥姪であるときは、これで大丈夫です。
 しかし、「○○」が、兄弟姉妹、甥姪以外の相続人、つまり、配偶者や子供等である場合は、これで万全とはいえません。
 なぜなら、配偶者や子供には、「遺留分侵害額請求権」という権利があるからです。これは、「法律で定められた法定相続分の1/2の金額を請求できる権利」であり、たとえ「一切相続させない。」というような遺言を書かれたとしても、この遺留分侵害額請求権は行使できるのです。
 例えば、配偶者と子供2人が相続人であるような場合、配偶者の法定相続分は1/2ですから遺留分は1/4、子供はそれぞれ1/4が法定相続分ですから、それぞれ1/8は遺留分として請求する権利があります。
 遺言書では、この遺留分侵害額請求権まで奪うことはできないのです。

4 推定相続人廃除の手続
 「遺留分すら渡したくない。」という場合、考えられるのは、民法892条にある「推定相続人の廃除」という手続です。
 この制度について、少し詳しく解説します。

(1)推定相続人の廃除手続とは
 これは、被相続人の意思により、推定相続人の相続資格を無くしてしまう制度です。

(2)廃除の対象
 兄弟姉妹(甥姪を含む)以外の法定相続人です。つまり、子や孫、親、祖父母が対象です。
 「推定相続人の廃除」は、上記のとおり、「遺留分すら渡したくない。」ための制度ですが、そもそも兄弟姉妹には遺留分がないので、遺言書で「相続させない。」と書いておけばそれで済み、この制度を使う必要がないのです。
 実務上は、親が子の廃除を申し立てる例が多いといえます。

(3)廃除の手続
 被相続人の意思により推定相続人の相続資格を無くしてしまうといっても、その「意思」が不合理なものであってはいけませんので、廃除については、「○○を廃除したい。」と考えている人が、家庭裁判所に申立をし、家庭裁判所に廃除を認めてもらわないといけません。
 なお、「廃除」は遺言書によっても可能です。この場合は、遺言執行者が、家庭裁判所に申立をすることになります。

(4)どんな場合に廃除が認められるか
 条文上規定されているのは、
①被相続人に対し虐待をしたとき、又は重大な侮辱をしたとき
②推定相続人に著しい非行があったとき
です。
 但し、「虐待」「重大な侮辱」「著しい非行」には、明快かつ客観的な基準があるわけではないので、結局は、個々の事例毎に内容を検討しての判断ということになろうと思います。

(5)どのような場合に家庭裁判所が廃除を認めたか
 実際に、過去、「廃除」が認められた審判例としてどのようなものがあるか、ここで紹介したいと思います。
①「虐待」として認められた例その1
 子が親(被相続人)に対し、魔法瓶や醤油瓶を投げつけ、玄関のガラスを割り、灯油を撒いて放火すると脅すなどしたため、親が旅館に避難せざるをえなくなった事例(東京家裁八王子支部昭和63.10.25)
②「虐待」として認められた例その2
 夫が、末期癌を宣告された妻(被相続人)に対し、北海道の冬期においても、暖房のない部屋で生活させたり、「死人に口なし」「(治療の副作用のためにカツラを買ってほしいと頼んだのに対し)いつ死ぬかわからない人間にカツラは必要ないだろう。」等の暴言や人格否定の発言をしたりしていた事例(釧路家裁平成17.1.26)
③「重大な侮辱」として認められた例
 親の再婚頃から折り合いの悪くなった長男が、非協調的・敵対的な態度をとっており、近所に住みながら一人暮らしの親の面倒を見ようともせず、再婚相手の死亡に伴う遺産分割を巡って対立し、「千葉へ行って早く死ね。80まで生きれば十分だ。」などと罵倒し、親が家政婦にまで怯えた声で「今から長男が来る。長男に叩き殺されてしまう。」と電話したこともあるという事例(東京高裁平成4.10.14)
④著しい非行として認められた例
 法定相続人の「著しい非行」として廃除が認められた事例は、法定相続人が過度の飲酒、異性関係に溺れる、不貞(*廃除の対象が配偶者である場合)、犯罪、ギャンブル、浪費等あった場合が典型的です。例えば、「ギャンブルで多額の負債をつくり、それを親に肩代わりさせた」というような事例です。
 しかし、上にあげた要因のいずれにも該当しないものの、事情を総合的に考慮して「著しい非行あり」として廃除を認めた例もありますので、紹介します。

(事例)
 被相続人が、養子について廃除を申し立てた事案で、養子は、被相続人が10 年近く入院および手術を繰り返していることを知りながら、居住先の外国から年1回程度帰国して生活費等を被相続人から金員を受領するだけで、面倒を見ることはなかったこと、被相続人から提起された離縁訴訟等について、連日電話で長時間取り下げを執拗に迫ったこと等が、「著しい非行」に当たるとして廃除が認められた事例(東京高裁平成23.5.9)。

(6)どのような場合に、家庭裁判所が廃除の申立を却下したか
 一方、推定相続人に、虐待、侮辱、非行とみられるような行為があったとし ても、そうした行為が一時的な場合、被相続人側にも原因があった場合は、廃除を認めない判断がなされる傾向にあるといえます。

(却下された事例)
①大阪家裁平成31.4.16
 長男が、父である被相続人を、平成19年に殴打、平成22年4月には突き飛ばして転倒させ全治3週間の肋骨骨折等の傷害を負わせる、同年7月には顔面を殴打したという事例。父は、平成23年に、長男を廃除する意思を記した遺言書を作成した。
 しかし、大阪家裁は、長男による傷害の事実は認めたものの、暴行の原因や背景について、被相続人の言動が暴行を誘発した可能性を否定できないとして、廃除の申立を却下した。
②東京高裁平成8.9.2
 相続人(長男)の力づくの行動や侮辱と受け取られる言動は、嫁姑関係の不和に起因したものであって、その責任を相続人にのみ帰することは不当であるとして、廃除を認めた第一審を取り消して、廃除の申立を却下した。

5 遺留分の放棄
 最後に、有名な制度ではないですが、「遺留分の放棄」という制度をご紹介します。

(1)遺留分の放棄とは?
 これは、自分の生前に、「相続させたくない人」に、家庭裁判所に対し、「遺留分の放棄」を申し立ててもらう制度です。家庭裁判所の許可がおりれば、自分が亡くなった後に、遺留分を請求されることは無くなります。
 例えば、子どもの内の1人だけに、既にまとまった金額を渡しており、「もうこれで十分で、後の遺産は全て他の子どもに相続させたい。」と考える場合などに、この制度を利用し、「他の子どもに全てを相続させる。」という内容の遺言を作成すると共に、既にまとまったお金を渡した子どもには、家庭裁判所に、「遺留分の放棄」を申し立ててもらうのです。
 家庭裁判所の許可が出ていれば、許可を得た相続人が、改めて遺留分の請求をすることはできませんので、遺言書の趣旨どおり、他の相続人に全てを相続させるという相続が実現できることになります。
 相続放棄と異なり、自分の生前に手続させることができますので、自分の亡くなった後について、ある程度の安心感は得られると思います。

(2)問題点
 ただ、この制度の場合、2つの点に留意する必要があります。
①まず、自分では手続できず、あくまで、「相続させたくない人」自身に、家庭裁判所に申立をしてもらわないといけないという点です。
 自分としては、「○○にはもう十分なことをした。」と考えていても、「○○」自身がそう思っていないなどで、申立をしてくれなければそれまでなのです。
②また、この「遺留分の放棄」については、家庭裁判所は必ず許可するわけではありません。これを認めてもその推定相続人の不当な権利侵害とならないように、この申立が本心に基づいているか、既にもらっている財産があるのか等、それぞれの具体的事情を検討し、放棄が合理的かどうか判断した上で決定するので、認められないこともあるという点です。

6 まとめ
 このように見てみますと、「相続させたくない人」がいたとしても、①自分の生前に相続放棄させることはできない②遺言書を作成しても、「相続させたくない人」が兄弟甥姪以外の場合は、自分が亡くなった後に遺留分を請求することは止められない③推定相続人廃除は、家庭裁判所が認めてくれないこともある④「遺留分の放棄」は自分では申立ができないし、推定相続人の廃除同様、家庭裁判所が認めてくれないこともあるということで、「どんな状況でも、絶対にこれなら大丈夫!」という制度はないといえます。
 そのような中で、具体的にどの制度を用いるのがよいかは、事情によって異なりますので、こうした問題でお悩みの場合は、是非弁護士にご相談ください。

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