「配偶者居住権」について

弁護士 野呂 芳子

2018年11月13日

 平成30年7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」(名前が長いので、本コラムでは「改正法」と言います。)が成立し、同年7月13日に公布されました。
 この改正法の中で、今回は、今後、相続の場面で実際に関係してくることが多いと思われる「配偶者居住権」について、ご説明いたします。
 なお、「配偶者居住権」は、公布の日(平成30年7月13日)から2年以内に施行される予定です。

1 配偶者居住権の概要
 今回創設された配偶者居住権は、大きく分けて、被相続人(注、亡くなられた方)が亡くなられた後、
 ①遺産分割が終了するまでの間といった比較的短い期間に限り、配偶者(注、亡くなられた方の妻や夫)が自宅に住み続けることができるようにする「配偶者短期居住権」と
 ②配偶者がある程度長い期間自宅に住み続けることができるようにする「配偶者居住権」
の2つです。

2 これまでの取り扱い
 これまでは、被相続人が亡くなった後、配偶者が自宅に住み続ける権利を直接保護する法律はありませんでした。
 そのように法律がなかったので、法律ではなく、「最高裁判例を元にした考え方」で、「配偶者が自宅に住み続ける権利」を保護しようとしていました。
 具体的には、夫婦が、夫名義の自宅で同居しているなど、夫が、自宅に妻が無償で(注、お金を払うことなくタダで)住むことを当然に認めていたと考えられる場合は、「妻を無償で住まわせる義務」が夫に成立していて、この義務は、夫が亡くなった後も、子どもなどの相続人が引き継ぐ、という考え方です。
 この考え方で、配偶者の自宅居住権を保護しようとしていたのです。

3 これまでの取り扱いの問題点
 しかし、このような「考え方」だけで、配偶者の自宅居住権を保護しようとすることは、以下のような場合、難しいと言われていました。
①被相続人が、配偶者が無償で住むことに反対の意思表示をしていた場合
 ご夫婦の中には、ご夫婦仲が思わしくなく、夫は自宅を出てしまい、妻だけが自宅に残っていて、夫は、生前から妻の自宅立ち退きを要求していた・・というような場合もあります。
 このように、夫自身が、妻が無償で自宅に住むことを認めていなかった場合(=被相続人が、配偶者が無償で住むことに反対の意思表示をしていた場合)、そもそも、「妻を無償で住まわせる義務」が、夫にも成立していないので、この義務が相続によって子どもなどに引き継がれることも当然なく、「夫亡き後も妻が自宅に無償で住む法的根拠」を見いだすのは難しかったのです。
②遺言で自宅が第三者に贈与された場合
 たとえば、夫が、「自宅は自分の親友の○○さんに贈与する。」といった遺言を作成しており、親友の○○さんも、被相続人が亡くなられてその遺言を知った後に「では喜んでご自宅をいただきます。」というように、この遺言を受け入れた場合です。
 この場合も、夫が、自分が亡くなった後に、妻を自宅に無償で居住させる意思があったとは考えられません。
 そうすると、法律上は、夫が亡くなった日から自宅は親友の○○さんの物になるので、妻は、○○さんから、「すぐにご自宅から出ていってください。」と言われる可能性があったのです。
 このように、「最高裁判例に基づく考え方」だけで「配偶者が自宅に住み続ける権利」を保護しようとすることには限界があったので、改正法により、きちんと法律で保護していくことになったわけです。
 では、これから、1に書きました「配偶者短期居住権」と「配偶者居住権」を個別に見ていきたいと思います。

4 配偶者短期居住権について
 まず、比較的短い期間を想定した「配偶者短期居住権」とはどのようなものでしょうか。
(1)改正法のポイント
 改正法により、どのような場合でも、配偶者は、常に最低6ヶ月間は、自宅に住む権利を保護されることになりました。これが大きなポイントです。
 次の(2)では、この点をより詳しくご説明します。
(2)これまでの問題点と改正法のメリット
 今回の改正で、被相続人が亡くなられた時に、被相続人所有の建物に無償で住んでいた配偶者は、以下の期間、自宅に無償で住み続けられることが定められました。
①配偶者が、その自宅の遺産分割に参加するときは、自宅が誰のものになるのか決まるまでの間(ただし、最低6ヶ月間は保障)
 これまでは、たとえば、遺産分割がすぐに終わってしまい、しかも配偶者は自宅を相続しなかった場合は、自宅の新たな所有者になった子どもなどから、「すぐに自宅から出ていってください。」と言われかねない立場にありました。
 しかし、改正法により、遺産分割がどんなに早く終わったとしても、配偶者は、被相続人が亡くなってから最低6ヶ月間は、自宅に住み続けることができるようになったのです。
 また、遺産分割が6か月以上かかっている場合は、その遺産分割が終了するまで、自宅に住み続けることができます。
②遺言で自宅が第三者に贈与された場合や、配偶者が相続放棄をした場合には、自宅の新たな所有者から配偶者短期居住権の消滅請求を受けてから6か月の間
 先程3の②で見ましたように、遺言で自宅が第三者に贈与された場合、配偶者は、自宅の新たな所有者となった第三者から「すぐに出ていってください。」と言われる可能性がありました。
 また、「配偶者が相続放棄をした場合」も、配偶者は、自宅の所有者にはなれませんので、自宅の新たな所有者になった子どもなど他の相続人から、やはり、「すぐに出ていってください。」と言われる可能性がありました。
 しかし、改正法により、配偶者は、自宅の新たな所有者から、配偶者短期居住権の消滅請求を受けてから(=「出ていってください。」と言われてから)6か月の間は、自宅に居住できることになったのです。

5 配偶者居住権について
 では、次に、更に長い期間の居住を想定した「配偶者居住権」についてご説明します。
(1)改正法のポイント
 今回の改正法では、被相続人が亡くなられた時に被相続人所有の建物に住んでいた配偶者に、終身または一定期間、建物の使用を認めることを内容とする法定の権利(配偶者居住権)も新設されました。
(2)これまでの問題点
 まず、今までの制度ではどのような問題があったのかを見てみましょう。
(例1) 
被相続人   男性
法定相続人  配偶者(妻)と子1人
法定相続割合 1対1 つまり、妻と子どもは、法律上、同じ額を相続する権利があります。
遺産     2000万円の預金と2000万円の価値がある自宅
       =遺産総額4000万円ですので、1対1の法定割合で考えますと、妻と子どもは2000万円ずつ相続することになります。
 この場合、妻が自宅を相続すると、2000万円を相続したことになりますので、子どもは預金2000万円を全額相続するのが、法律に則った相続となります。
 そうしますと、妻は、「自宅に住み続けることはできるけれど、お金は全く相続できなくて、今後の生活費が心配。」という状況になりかねません。
(例2)
被相続人   男性
法定相続人  配偶者(妻)と子1人
法定相続割合 1対1
遺産     2000万円の価値がある自宅のみ
 この場合、妻が住み続けるために自宅を相続すると、遺産全額の2000万円丸々相続したことになってしまいます。
 1対1の法定割合に従った平等の相続にするためには、どこからかお金を用意してきて、子どもに1000万円支払わなければいけません。
 そうしますと、
子どもの相続額 1000万円
        *妻からもらったお金
妻の相続額   1000万円
        *2000万円(自宅)―1000万円(子どもに払ったお金)
ということで、法律に従った相続になります。
 しかし、妻が、「そんな1000万円なんて大金を用意できない。」という場合、自宅を1人で相続することは、諦めざるをえません。
(3)改正法のメリット
 改正法により、配偶者は、自宅居住を継続しながらその他の財産も取得することが可能になりました。
 詳しく説明しますと、改正法では、自宅の価値を、
①配偶者が住み続ける権利としての「配偶者居住権」と、
②配偶者を住まわせてあげなければいけないという負担(条件)がある「負担付所有権」
に分けて考えています。
 たとえば上記の(例1)では、自宅の価値は2000万円ですが、
この自宅の価値を、
①配偶者が住み続ける権利である「配偶者居住権」が1000万円の価値
②配偶者を住まわせてあげなければいけないという負担(条件)がある「負担付所有権」が1000万円の価値
に分けて考えます。
 そのうえで、妻が「配偶者居住権」を、子どもが「負担付所有権」を相続するという合意をすれば、
①妻は、配偶者居住権を取得することで1000万円の相続をしたと考える。
②一方、子どもは自宅の所有権を相続しても、妻を居住させてあげないといけないので、自宅の本来の2000万円の価値は取得しておらず、1000万円の価値しかない「負担付所有権」を取得したと考える。
 そうすると、自宅に関し、妻と子は、1000万円ずつ相続したことになりますので、預金2000万円についても、妻と子で1000万円ずつ分けるのが、法定割合に従った相続ということになります。
 このような仕組みから、「妻は、自宅に住み続けることもできるし、その他の預貯金なども取得できる。」という結果になるのです。
 (例2)のように、自宅しか遺産がないという場合も、(例1)と同じように、2000万円の自宅の価値を
 ①1000万円の価値がある配偶者居住権と
 ②1000万円の価値がある負担付所有権(妻を住まわせてあげないという条件のついた所有権)
 に分けて考え、妻が「配偶者居住権」を、子どもが「負担付所有権」を相続することにより、「自宅を子どもが相続して、子どもの所有になっても、妻は住み続ける。」ということが可能になるのです。
(4)配偶者居住権の適用条件
 このような「配偶者居住権」を取得できる場合は3通りです。
①1つ目は、被相続人が、「配偶者に配偶者居住権を遺贈する。」という遺言を作成していた場合
②2つ目は、被相続人と配偶者が、「被相続人が死亡後、配偶者に配偶者居住権を贈与する。」という内容の死因贈与契約(注、被相続人が亡くなることによって効力を発生する贈与契約)を締結していた場合
③3つ目は、(3)の例のように、「配偶者居住権」を遺産の一部と考え、配偶者が、遺産分割の中でその取得を希望し、その希望に沿って遺産分割ができた場合です。
 なお、「配偶者短期居住権」とは異なり、「無償で居住していたこと」は要件となっていません。

6 今後の課題
 高齢化社会が急速に進行している現在、かなりの高齢になってから、自宅の所有者に先立たれてしまうというケースは実際に多いと思われます。
 このような場合に、相続のために、配偶者が住み慣れた自宅を離れて新しい生活を始めなければいけないということがありますと、精神的にも肉体的にも大きな負担になることは想像に難くありません。
 配偶者居住権の創設は、このような配偶者を保護するという点で、従来の制度より前進したといえます。
 ただ、今回の改正法では、配偶者居住権を取得するためには、上記のように
①被相続人による遺言の作成
②死因贈与契約
③配偶者居住権を認める遺産分割
のいずれかが要件となるため、被相続人がそのような遺言を作成せず、死因贈与契約もせずに亡くなり、その後、「配偶者居住権」の取得を認める内容の遺産分割も成立しなかった場合は、この権利は取得できないことになります。
 また、自宅が、被相続人と、配偶者以外の者との共有であった場合も、配偶者居住権は成立しません。
 さらに、個々のケースで、配偶者居住権の財産的価値をいくらと評価するのかというかなり難しい問題も出てくるはずです。
 このコラムの5(3)で挙げた例では、「2000万円の自宅について、1000万円が配偶者居住権で、1000万円が負担付所有権」としましたが、これはあくまでわかりやすくするための例であり、実際のケースで、このように2つの権利がきれいに等分される訳ではありません。
「負担付所有権」の評価は、相続時(被相続人が亡くなられた時)の、配偶者の平均余命によって変わってきますので、それに伴い、配偶者居住権の評価も変わってきます。
 遺産分割において、この評価をどう考えるかが、相続人間の大きな争点となることも考えられます。
 改正法が施行された後、どのような運用がなされていき、どのような問題が生じてくるかにより、更なる改正もありえると思いますので、実務の推移を注視していきたいと考えています。

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