「権利濫用の禁止」について

弁護士 野呂 芳子

2018年7月6日

 私が受任していたとある民事事件で、本年、東京高等裁判所において、民法第1条3項の「権利濫用の禁止」という条文を根拠に、こちらの請求が認められました。
「権利濫用の禁止」という言葉は皆様にあまりなじみがないと思いますし、この条文が根拠となった勝訴というのもそれほど多い事例ではないと思いますので、今回は、この「権利濫用の禁止」という考え方をご紹介したいと思います。

1 「権利濫用の禁止」とは何か?
 そもそも「民法」というのは、個人としての生活関係を対象とした法律で、土地の所有権やお金の貸し借りや相続など、個人に起こりうる様々な法律関係について定められています。
 この「民法」の基本的な考え方が、第1条に定められており、それは、
 ①私権(私的な権利)は公共の福祉に適合しなければならない
 ②権利の行使と義務の履行は信義に従って誠実に行わなければならない
 ③権利の濫用は許さない
という3点です。
 「権利の濫用の禁止」は、この③であり、「たとえ、権利者であっても、その権利の行使が社会の倫理観念や公序良俗に反する場合は、権利の行使が許されない。」という考え方です。
 ただ、そう言われても、「何となくわかるような、わからないような……」という感じだと思いますので、次に、いくつかこれまでの裁判例で認められた事例をご紹介したいと思います。

2 「権利濫用の禁止」の考え方が認められた事例
⑴ 宇奈月温泉事件
 昭和10年の古い判例ですが、私が司法試験を受験していた25年前頃は、受験生は必ず習った有名な判例でもありますのでご紹介します。
 当時、宇奈月温泉の経営者の方が、黒部渓谷に沿って他人の土地を借りて、その上に木管を引き、湯元からお湯を通して温泉を経営していました。
 すると、ある人が、木管を引いていた土地を購入したうえで、温泉経営者に対し、その土地を時価数十倍の法外な価格で買い取るように要求し、温泉経営者がこれを断ると、「買わないなら木管を除去してくれ。」と請求して裁判を起こしたのです。
 この事例で、裁判所は、「そのような請求は権利濫用で許されない。」と判断し、土地所有者の請求を棄却しました。
 これは、もともとその土地の購入者が、温泉経営者にそのような要求をすることで不当に利益を得ようとしていたという「目的の不当性」に加え、土地の所有者と温泉経営者の利益の客観的な比較検討を行って出した判断であると言われています。

⑵ 通行妨害の事例(昭和33年)
 先妻の長男が、別棟に住んでいる後妻が嫌いだったため、ただただその後妻を困惑させる目的で、自分には何の必要も無いのに、自分が所有する本宅と後妻が住む別棟との間に板垣を設置して、後妻の通行を妨害したという事例で、裁判所は、先妻の長男の行為を「権利濫用」と認定して、板垣を取り除くよう命じました。

⑶ 家屋明け渡し請求の事例(昭和39年)
 内縁の妻が、内縁の夫が亡くなった後も、内縁の夫が所有していた家屋に住んでいたところ、内縁の夫の相続人が所有権に基づいて明け渡し請求の訴訟を起こした、という事例で、最高裁判所は、相続人にその家屋を使用する必要があるか、内縁の妻が明け渡した時に経済的に重大な打撃を受けるおそれがあるかなどの事情を検討した上で、所有者の請求を「権利濫用」として棄却しました。

3 事例の解説
 いくつか事例を見ていただいていかがでしょうか。少しイメージを掴んでいただけましたでしょうか。
 ⑴ の事例は、土地所有者が、所有物に置かれている木管を除去するよう請求しており、⑵ の事例は、所有者が自分の土地に板垣を建てています。⑶ では、所有者が、血縁も家屋の賃借権もない女性に明け渡しを求めているのですから、どの事例も、法律のままに考えれば、所有者としての正当な権利行使であり、それを止められる筋合いはないようにも思えます。
 しかし、裁判所は、そのような行為は「権利濫用で許されない。」と判断し、所有者の請求を認めませんでした。
 言い換えれば、ご紹介したいずれの事案でも、裁判所は、「法律を型どおりに適用しようとすると権利者側が勝つことになるが、その結果は妥当ではない。社会常識や道徳的概念に照らして素直に事例を見た場合に、救済されるべきは権利者側ではなく相手方当事者である。」と考え、最終救済手段として、「権利濫用の禁止」の理論を使って、権利者の主張を退け、⑴ の事例では温泉経営者を、⑵ の事例では後妻を、⑶ の事例では内妻を救済したといえます。

4 どのような場合が「権利の濫用」にあたるのか?
 では、どのような場合が、「権利濫用」にあたるのでしょうか。
 これは、一般論としては、①権利者の目的の不当性など権利者の主観的な事情②権利者が得ようとする利益とそれによって相手方に与える損害の比較という客観的な事情などが総合的に考慮されるといえますが、最終的にはケースバイケースと言わざるをえません。
 法律は、色々な事態を想定して作られてはいますが、実際に世の中で起こることは千差万別ですから、法律の想定を超えたことも当然起こります。
 そのように、法律の想定を超えた事例、今ある他の法律では妥当な解決ができない事例を「権利濫用の禁止」という理論で解決しようとするわけですから、そうそう安易に、あるいは頻繁に認められるものではありません。事例の事情を細かく検討し、他の法律による解決の余地がないかも検討したうえで、「この理論を適用するしかない。」と判断された時に、初めて適用されるのです。
 また、時代と共に、社会常識も変わりますから、「何が権利濫用にあたるのか。」の判断も、社会の推移と共に変化することもあります。
 また、2の事例 ⑶ でご紹介した内妻と相続人のトラブルのように、同様の紛争があちこちで繰り返されているような定型的な事例の場合は、いずれこのような紛争を想定した法律が作られて、「権利濫用」を持ち出さずとも、法律により解決できるようになる可能性があるでしょう。

5 最後に
 「権利濫用の禁止」という理論は、法律の適用においても、常に四角四面な適用のみ考えるのではなく、法律を適用して妥当な結果が導けるのか、社会常識や人権に反した結果にならないか、というような視点を持っていなければならないという原点を教えてくれています。
 法律が、最終的には人々の平穏な社会生活のために存在すると考えれば、こうした条文が民法の第1条にあることも頷けると思います。

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