弁護士の事件簿・コラム

神奈川県でも原発事故被害者が損害賠償を求めて提訴

弁護士 栗山 博史

1 2013年9月11日提訴
 2013年9月11日、2011年3月の福島第一原子力発電所の事故の被害者の方々(44名、17世帯)が原告となって、原発事故について東京電力と国の責任を追及し、損害賠償を求める訴えを横浜地方裁判所に起こしました。原告の方々の代理人は福島原発被害者支援かながわ弁護団です。全国的には、福島、東京、千葉など次々に提訴されてきましたが、神奈川では初めてです。

2 福島原発被害者支援かながわ弁護団
 福島原発被害者支援かながわ弁護団は、2011年3月の原発事故の後、福島県内から神奈川県内に避難されて来られた方々を支援することを主たる目的として、同年10月に結成された弁護団です。実際の活動範囲は広がり、福島県いわき市内の仮設住宅にお住まいの方々のもとにも出張し、支援を続けています。
 弁護団員は100名を超えており、私も弁護団結成当初から活動しています。

福島原発被害者支援かながわ弁護団のページ (http://kanagawagenpatsu.bengodan.jp/)

3 原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)の手続きとその限界
 2012年2月に、この「弁護士の事件簿・コラム」のコーナーで、かながわ弁護団の活動として、文部科学省のもとに設置された「原子力損害賠償紛争解決センター」における、和解仲介手続(裁判外紛争解決手続=ADRと呼ばれています)について紹介いたしました。
 原発事故の当事者である東電が自ら決めた基準に基づく賠償金額ではなくて、公正な第三者の視点での賠償金額を決めてもらいたいということであれば、民事裁判を起こして裁判官に判断してもらうのがもっとも公正です。しかし、一般的にいえば、裁判は時間がかかります。時には解決までに何年もかかることもあります。原発事故は、一度に多数の被害者を生じさせ、しかも今なお避難生活を継続し、金銭的に困窮している方も多いのですから、損害賠償額の確定・支払いに向けた手続をスムーズに行う必要があります。そこで、国は、裁判よりももっとスピーディに解決できるシステムとして、ADRの手続を設けたのです。

 ADRは、第三者である仲介委員(=実際は弁護士がやっています)が間に入って、被害者と東電が話し合いをして、和解により解決を図る手続きです。仲介委員の第三者としての判断を踏まえた和解手続なので、被害者の方々が東電に対して直接請求する場合に比べれば、より被害者の権利を実現(適正な損害賠償額を獲得)することができます。そこで、かながわ弁護団としては、発足以来、このADR手続に被害者の方々の代理人として関わることによって、被害者の方々を支援してきましたし、今なお、多くのADR手続が継続しています。

 しかし、ADRにも限界があります。東電の直接請求に比べれば被害者にとって有利な解決が得られるとはいっても、同じく文部科学省のもとにおかれた「原子力損害賠償紛争審査会」が定めた指針に基づいているため、請求額がそのまま合意されるということにはならず、不十分な内容にとどまっています。そして、とりわけ、原発事故後、政府から避難指示が出されなかった区域外から避難されてきた、いわゆる自主避難者の方々に対する損害賠償額は、避難指示が出された警戒区域の方々と比較すると、極めて低額です。東電の基準ですと、たとえば、精神的損害(慰謝料)を考えてみますと、警戒区域からの避難者には、少なくとも月額10万円の慰謝料が支払われていますが、いわゆる自主避難者の方には、合計で8万円(子ども・妊婦は40万円、子ども・妊婦が現実に避難していれば60万円)しか支払われません。ADRでは、東電基準よりは増額されますが、僅かです。
 しかし、いわゆる自主避難者といっても、福島県内ですから、放射線量が高いところもあります。そのようなところで、小さなお子さんを育てることは不安だということで避難する、というのは心情的に理解できる行動です。政府は、原発事故後まもない時期に、区域割りを設定し、避難指示を出す範囲と出さない範囲を分けたのですが、これも、放射線量から人の身体に対する影響を科学的に分析して絶対安心だ、というラインで区切っているわけではなく、そこまで避難指示の範囲を広げてしまったら避難仕切れずにかえって混乱に陥ってしまうとか、県や市町村が崩壊してしまう、などという政治的な判断も踏まえた区域割りなのです。区域割りは、その後、損害賠償の点でも、その内外で大きな差異をもたらしたのですが、区域割りが、上記のように、科学的ではなく、政治的な判断も踏まえたものであることからすると、区域割りは、被害者の権利侵害のレベルでは、決定的な違いにならないと考えています。

4 裁判で求めるもの
 裁判では、原発事故について人災であること、すなわち、東電と国が、事前に十分な対策をとっていれば、原発における全電源喪失、それに伴う炉心損傷等の事故が発生しなかったという責任を前提として、被害者の「人間」性を回復するための適正な賠償を求めてゆきたいと思います。
 避難生活を送っている被害者の方々は、今なお、将来の生活(住居・職業等)の見通しが立たず、不安な生活を送っています。「避難指示解除準備区域」(注1 、下記参照)に昨年立ち入りましたが、いずれ避難指示は解除されるとはいわれるものの、2年半にもわたって手入れもされずに放置された建物は傷み、庭は雑草が席巻しています。製材業を営む自営業者の工場には、まさに震災時に電動のこぎりを入れていた材木が、時間が止まったかのようにそのままの状態で残置され、業務再開の目処は全く立っていません。
 このような被害者の方々の思いをせめて損害賠償という形で実現することで、微力ではありますが、将来の生活に向けて踏み出せる手助けになればと思っています。


注1
政府は2012年7月、避難区域の見直しを行いました。具体的には、①5年間経過しても年間積算線量が20ミリシーベルトを下らないおそれのある、現時点で年間積算線量50ミリシーベルトを超える「帰還困難区域」、②年間積算線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがあり、引き続き避難の継続を求める「居住制限区域」、③年間積算線量が20ミリシーベルト以下となることが確実であることが確認された「避難指示解除準備区域」の3つに分類されています。

「弁護士の事件簿・コラム」一覧へ »