弁護士の事件簿・コラム

高校3年生の万引きは実名報道?

弁護士 栗山 博史

Ⅰ はじめに
 2022年4月1日から、民法の成年年齢が20歳から18歳に引き下げられました。すでに2016年6月から、18歳になれば選挙権が認められていましたが、民法の改正によって、18歳になれば、親の了解なく、1人で、携帯電話を買ったり、クレジットカードを作ったり、ローンを組んだり、といった契約ができるようになりました。また、親の親権に服することがなくなり、自分1人で進路や住むところを決めたりすることができるようになりました。
 18歳を成年とすることは国際的な流れに沿うもので評価できる面があるものの、後から親が不当な契約を取り消すといったことができなくなりますので、若者が未熟さにつけこまれて悪徳商法などの被害に遭いやすいなど、注意しなければならないと指摘されています。
 ところで、先日、知人から、「法律変わって、高校3年生でも、18歳になれば、万引きとかで捕まっちゃったら、新聞に名前出ちゃうんですよね」と聞かれました。ああ、そうか、成年年齢の引き下げの話題はよく取り上げられているけれども、同じタイミングで施行される少年法のことはあまり知られていないんだなと思い、このコラムを書くことにしました。

Ⅱ 少年法改正はどうなった?
 もともとは、知人と同じように、民法上の成年年齢が18歳に引き下がった場合、18歳は立派な大人なんだから、罪をおかしたら、20歳以上の人と同じように罰しますよ、新聞にも実名で報道されますよ、という方向で少年法が改正されようとしていました。立派な大人なんだから権利を与えられる、権利を与えられる以上、自分のやったことについて責任を伴う、だから犯罪をおかしてしまった場合の責任についても大人として扱うべきだ、という論理です。
 でも、この法改正の方向性には、根強い反対意見がありました。18歳、19歳はまだまだ判断能力が未熟で、他人に影響されやすい、何かのはずみで悪いことに手を染めて道を踏み外してしまうことはよくあるから、そういう若者に更生のチャンスを与えなければいけない、という意見です。実際に、18歳、19歳で、ちょっとしたことで犯罪に手を染めてしまう子は多く、そういう子たちが、少年院などでしっかりした教育を受けて立ち直って社会で立派に更生しているケースが多いのです。もし、大人として厳しく処罰して長い間刑務所に入るようなことがあれば、その子を「前科者」にして、将来を奪ってしまうのではないか、という意見です。
 もちろん、少年の犯罪の中には、人を殺めてしまうような重大犯罪もありますが、犯罪の数から言うと、窃盗・詐欺、傷害・暴行、薬物などの事件が圧倒的に多いのが現実です。もし、18歳になった後の犯罪について、全て大人として扱うとなれば、高校3年生のちょっと魔が差した万引きでも、その子が18歳の誕生日を迎えていれば、前科者になり、実名で報道されることになります。今の世の中、ネット社会ですから、一度報道されれば、ネット上にずっと名前が曝されます。
 こうして、当初想定されていた法改正の方向性には反対意見が続出し、そういった意見を受けて、結局、少年法のあり方は、当初想定されていた改正の方向性から大きく外れるようになりました。

 では、少年法は、何が変わって、何が変わらなかったのでしょうか?
 まず変わらなかったことですが、18歳の子、19歳の子も民法上は成年に達しているけれども、少年法では、「少年」として、全ての事件はまず家庭裁判所で判断されるという枠組は維持されたということです。18歳、19歳の少年を「特定少年」と呼ぶことになりましたが、少年であることに変わりはありません。
 家庭裁判所には、少年の犯罪(=少年非行)や立ち直りの方法について詳しい調査官という人がいます。まずは、そういう専門家の目で少年の事件を見て、少年非行の原因が何か、どうやったらその少年が立ち直ることができるのか、ということを考えてもらえる枠組が守られたということは大切なことです。

 次に変わったことですが、細かなことを挙げるといろいろあります。ここでは大きな改正点を2点挙げておきます。
 まず1点目です。改正前の法律でも、一旦は、事件が家庭裁判所に送られた後、あまりにも重大な事件であれば、大人と同じ刑事裁判で裁くようにする手続がありました。具体的には、16歳に達した少年が、殺人や傷害致死など、故意の犯罪行為によって人の命を奪ってしまった場合です。こういう事件の場合には、原則として、大人と同じ刑事裁判で裁くこととされていました(少年法20条2項)。
 今回の少年法改正では、このように、原則として大人の刑事裁判で裁く事件を拡大しました。18歳に達した少年が、強盗や強制性交など、刑法に定められた法定刑が重い犯罪をおかした場合には、原則として刑事裁判で裁かれるとされたのです(少年法62条2項)。この改正は、民法上の成年である18歳に達した少年の責任の大きさに着目したものといってよいでしょう。
 2点目です。改正前の法律では、少年(20歳未満)のときにおかした犯罪については、その後、たとえ刑事裁判で裁かれることになったとしても、実名報道は禁止されていたのですが(少年法61条)、今回の少年法改正では、これに例外がもうけられました。18歳、19歳のときにおかした犯罪について実際に刑事裁判で裁かれるようになったときは、その時点で、実名報道してよい、とされたのです(少年法68条)。冒頭の知人の問いについては、少年の万引き(窃盗)の事件が刑事裁判で裁かれることはよほどの事情がない限りないと思われますので、答えはNOということになります。

Ⅲ 民法上は成年でも、少年法では柔軟な対応
 民法上、成年年齢は18歳とされましたが、少年法上は、18歳、19歳の子は少年(特定少年)であり、犯罪をおかしたときの責任の取り方は20歳以上の者と同じではないことがおわかりいただけたかと思います。
 少年の事件の背景には、親の虐待をはじめ家庭環境、生育環境の問題が潜んでいることが多く、道を踏み外してしまったことについて、その全てを少年の自己責任とするには余りにも酷だと思えるケースばかりです。
 先ほど、「原則として」刑事裁判で裁かれる範囲が広がったことを書きましたが、「原則」ということは「例外」もあるということです。比較的重大と言われる犯罪でも、少年が犯罪をおかすに至った経緯や背景を検討した結果、刑事裁判で裁かれず、したがって、実名報道もされず、少年に更生のチャンスが与えられるという可能性が残っているという点が大切です。改正された少年法は、まだまだ柔軟さを残しているのです。
 その意味では、18歳、19歳の少年の事件に出会ったときに、裁判官や調査官、そして、私たち弁護士が果たし得る役割は大きくなったといえるでしょう。

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