ハイテクな駐車場

最近、大きなショッピングセンター、デパートなどの駐車場で、事前に精算を済ませておくと、出庫する際に駐車券を機械に入れなくてもゲートが開くシステムのところが増えてきました。これって、ものすごい発明だな~と思いませんか!出庫するときに精算をするタイプだと、駐車券を落としたり、小銭を落としたりと渋滞の原因がおこることありましたよね。あっ、あと車を精算機に寄せきれない人・・・

きっと、入庫する際に駐車券と車のナンバーを同時に記録して、出庫する際に車のナンバーから精算済みがわかるといったところでしょうか。でも、何千台も停められるような大きなところでそれが瞬時にできるって、考えた人はすごいな~と思います。

そういうハイテクな駐車場は、1階空き〇〇台、2階空き〇〇台・・・と表示されるのは当たり前。各駐車スペースの上にセンサーとライトがついていて、少しはなれたところからもライトの色を見れば空いているのか、そうでないのかすぐわかります。だから、お店の入り口近くに停めたいからとグルグルすることもなくなりますね。

実は裏で、人間が双眼鏡でみながら「はい、〇〇-〇〇(車のナンバー)入った。」、「次〇〇-〇〇~」と記録していたり、駐車スペースのライトを1つ1つ押していたら面白いですが・・・。そんなことはありませんね・・・

最近、すごいな~と思った話でした。

事務局A


2016年、最後の失敗・・・

2017年、初の投稿です。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2016年、最後の日の年越しそば・・・、大失敗でした。つゆを『だし』からこだわって準備して作ったのに、いざ食べたら、薄味すぎて、味がしなかった・・・。作っているときは、なんておいしくできたんだ!と思ったのに、そばのつゆってかなり濃くしないとおいしくないんですよね。作り直して、なんとかおいしく年越しそばをいただきました。今年の年越しそばは、リベンジだ!まだ先ですが・・・

事務局A


蝶々夫人とメアリーカサット展

 

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

さて、バタバタしているうちに年末そして新年を迎えてしまいました。今更ですが、昨年のうちに書けなかった「2016年の感動」を、書き留めておきたいと思います。

まず、音楽編です。

昨年の9月に、「勝山藍さん」というソプラノ歌手の方のコンサートに行きました。柔らかく透明な美しいソプラノで、どの曲も素晴らしかったのですが、圧巻だったのは「蝶々夫人」でした。

勝山さんは長崎ご出身なので、思い入れもひときわだったのでしょうか。前奏が始まった瞬間から顔つきが違い、歌い出された瞬間、私はなぜかどっと涙が出てきてしまいました。

本当に蝶々夫人が乗り移ったかのような素晴らしい歌唱で、歌い終わられても私の涙は止まりませんでした。歌を聴いて泣くなんて自分でも全く予期しておらず、驚くと共に、音楽の力のすごさを感じさせられました。

次に、絵画編です。

同じ事務所の栗山弁護士もブログに書いていた「メアリー・カサット展」、私も最終日に行きました(栗山弁護士と一緒に行ったわけではありません)。

展覧会では、メアリー・カサットのみではなく、同時代の女性画家3人の絵も、少ないながら展示されていました。

メアリー・カサットも勿論素晴らしかったのですが、私が1番心惹かれた絵は、「マリー・ブラックモン」という女性画家の「お茶の時間」という題の、木洩れ日の中で庭でお茶を飲む女性の絵でした。もともとこの画家のことを知らず、何の先入観もなくこの絵を見たのですが、見た瞬間に、ハッと胸が締め付けられるような、これまた涙が突然出てきそうな不思議な感覚を覚えました。絵画の中に吸い込まれ、柔らかい陽光に自分も包まれているような、木々のざわめきさえ聞こえてくるような、そんな錯覚さえ感じさせる美しい絵でしたが、女性の表情からはたとえようのない深い憂いが伝わってきたのです。

絵を見た後、解説に触れたところ、この画家は、10代でその才を発揮したものの、結婚後、同じ芸術家であった夫に制作を阻まれ、この「お茶の時間」を書いた翌年についに絵筆を折り、その後は隠遁者のような生活を送り、生涯を終えたとのことでした。

生涯独身を貫きながら、数々の母子像を残したメアリ-・カサット、マネの弟と結婚し、出産もしたベルト・モリゾ、早世したエヴァ・ゴンザレス、そして結婚によって手折られたマリー・ブラックモン。

現代より更に、女性が夢を実現することが著しく困難であったであろう時代に活躍した4人の女性画家達の、画風の異なる絵画を堪能すると共に、それぞれの人生にも思いを馳せた展覧会でした。

「続、音楽と絵画編」「書籍編」は、また近日中にアップします。

                                                                      弁護士 野呂芳子


感激!!!!!

 いつもチェックしている同業者のブログで、先日、私が書いた『鞄は右肩か左肩か』というつぶやきに回答していただいているのを見ました。こんな私の小さなつぶやきに回答をいただけるなんて、感激です。

 その方いわく、日本人は右利きが多いから右利き用に作られているものが多い。よって、左肩にかけて、右手で物を取り出すタイプの鞄が多い。ということらしいです。

ということは、知らないうちに鞄が『左肩にかけて右手で取り出す』形式になっていて、それに違和感がある人が『右肩にかけて左手で取り出す』等にかわっていったということなんでしょうかね。

知らないうちに刷り込みがされていたということかな~。

そんなに大げさに考えることではないでしょうかね・・・

そうだ、最近ではこれをつけないといろいろあるんですよね。

『*諸説あると思います。』

事務局A


話題のダンス

YouTubeで人気の動画の話が出ていたので、もうひとつ。

現在テレビで放映されている『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマをご存じでしょうか。

ストーリーの面白さに加え、ドラマの舞台が横浜ということで、画面に見知った場所が出てくるのもまた楽しみのひとつです。

そして、今、巷で話題になっているのが、この番組のエンディングで出演者が踊っている「恋」ダンス。

YouTubeでの再生回数がものすごい勢いなのだとか。
確かに、観ているととても楽しくて思わず体が動き出してしまうのですが・・・いかんせんリズム感のない私にはちょっと、いや、かなり難しい・・・。

今年の忘年会は、「PPAP」と「恋」ダンスを踊る人達がたくさんいそうですね。


右肩か左肩か・・・

ショルダーバッグ(肩にかけるカバン)は、右肩にかけるか?左肩にかけるか?

 どちらでもいいといえばそれまでですが、カバンによっては、右または左にかけないと開けづらいつくりのものもありますよね。そういうつくりを考えずに普通に肩にかける場合、右肩にかけるか、左肩にかけるかは、何で決まるんでしょうね。右利きまたは左利きの人はこっちということでもないし、利き腕?利き手?体の重心?生まれつき?遺伝?なんとなく?

 自分は、肩にかける場合は左側が多いかな。斜め掛け(たすき掛け?)の場合は右肩にかけてカバン本体は左側かな。あれ?逆かな?

いつからそうなんだろう・・・?

なんでそうなったんだろう・・・?

みなさんは、考えたことないですか?

事務局A


話題の『PPAP』

 巷で話題沸騰のピコ太郎氏の『PPAP』。You Tubeでものすごいアクセス数を記録しているそうです。最近になり、テレビのワイドショーなどでも取り上げられていましたから、さらにすごいことになっています。

 歌詞は、♪アイ ハブ ア ペーン~♪ ♪アイ ハブ ア アポー(アップル)~♪と、まったく意味がないし、曲もおどけた感じで、なんてことは無いんですが、なんか耳に残るんですよね~。特に、最後のところ、♪ペンパイナッポーアッポーペン♪は、言わずにはいられないんですよね~。

歌っているピコ太郎氏のサングラスに全身ヒョウ柄の衣装で軽快にステップを踏んで踊りながら歌うスタイルもインパクト大ですね。

あ~言いたい!

♪ペンパイナッポーアッポーペン♪

事務局A


秋の3連休

なんだか急に季節が進みました。

そうなると・・・『衣替え』か・・・

 この連休でやらなきゃな~と思っていましたが、お天気が悪いからと先延ばし、遊びに出ちゃったので先延ばし。結局な~んにも手をつけず、先延ばし・・・。

 家にスペースがあれば夏用と冬用のクローゼットで分けるとか、引き出しの前後を変えたら衣替え完了とか、スイッチを押したらクローゼットが上下して完了とか出来たらいいな~と毎回考えてしまいます。

考えていてもしかたがない・・・今週末にはやろうかな・・・

事務局A


時代に翻弄された少年たち

『クアトロ・ラガッツィ』という本を読みました。イタリア語で「4人の少年」、副題は、「天正少年使節と世界帝国」です。美術史家である故・若桑みどり氏の大作です。

天正遣欧使節といえば、日本史の教科書では、伊藤マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンという名前を教えられますが、個々の人物像は殆ど知らなかったので、興味をもって読みました。ビジネス界随一の読書家であり歴史に造詣の深い出口治明氏(ライフネット生命)がその著書で紹介していたのが読み始めるきっかけでした。

1582年、織田信長の時代に九州の大名のもとから派遣された十代前半の少年たち。命を失うかもしれない大航海を経てローマ法王などに謁見し、8年余りの歳月を経て日本に戻ってくるのですが、日本を発った直後に信長は暗殺されており、不運にも、彼らが戻ってきた日本は秀吉治世のキリシタン禁制の真っ只中でした。16世紀半ばから17世紀初頭までのヨーロッパやわが国の状況が、高山右近などキリシタン大名や宣教師等を通して詳細に描かれ、著者の海外文献の調査能力や独自の視点に圧倒されます。

鎖国完成に至るまでのキリシタン弾圧と殉教・棄教の状況が具体例を通じて克明に描かれて、クライマックスでは4名が辿った人生を、4名一人ひとりに焦点を当てて、最期まで丁寧に描いてゆきます。中浦ジュリアンが穴吊りの拷問に耐えて殉教し、人生を全うしてゆく描写には、言葉にならない感銘がありました。

彼らが戻ってきた日本の状況が違っていたら彼らの人生も全く違っていたであろうに、と思うと運命は残酷ですが、このような受難の人生こそが神が与えた試練なのでしょうか。

大河ドラマ『真田丸』が人気ですが、同じ時代、別の場所にスポットライトを当てると感じるものも違います。改めてよい本と出会ったことに感謝です。

弁護士 栗山博史


美術館に行ってきました

この夏、六本木の新国立美術館で開催されていたルノワール展と、横浜美術館で開催されていたメアリー・カサット展に行ってきました。

ルノワールは、私が小学生で油彩画に目覚めたときに(一時目覚めただけでそれ以来無縁ですが…)初めて画集を買ってもらった画家で、そのときに画集で眺めていた絵と三十数年ぶりに邂逅したという感じで、しずかな感動を覚えました。

オルセー美術館の『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』(左)とか『ピアノを弾く少女たち』(右)を初め、晩年の裸婦画など、こんなにルノワールを堪能できる機会は滅多にないと思えるほどの充実した展覧会でした。チケットは前から買ってあったのだけれど、訪れたのは、ちょうど展覧会が終わる2日前でした。もっと早く行っていれば、もう1度行けたかな、と思うと残念でした。

 「ムーランドラギ...」の画像検索結果   「ピアノを弾く少...」の画像検索結果

メアリー・カサットは、ルノワールと同じく印象派の画家で、母子など家族の人物画に定評があります。19世紀に21歳で米国から渡仏した女流画家です。男性の画家ばかりだったこの時代、単身、パリに飛び込んで行くのですから、とても勇気のある人なのだと思います。ドガと深い交流があったようです。私は、原田マハの『ジヴェルニーの食卓』という、印象派の画家を中心とした短編集でメアリー・カサットを知りました。覚悟をもった人としての強さの反面、幼い子どもに対するやさしいまなざしを感じます。

「メアリーカサッ...」の画像検索結果「メアリーカサッ...」の画像検索結果

        『母の愛撫』           『浜辺で遊ぶ子どもたち』

ほんの僅かな時間でしたが、幸せな気分になりました。

弁護士 栗山博史