弁護士の事件簿・コラム

検察審査会の審査補助員を経験して

弁護士 野呂 芳子

1 はじめに
 最近、「検察審査会の審査補助員」という珍しい業務を経験しましたので、今回は、そのご報告をさせていただきます。

2 検察審査会とは?
 逮捕された人や、逮捕はされていなくても犯罪の嫌疑をかけられた人を、起訴するか不起訴にするか、つまり、裁判にかけるかかけないかを決めるのは、検察官です。
 検察官が「不起訴」と判断した場合、その判断に被害者や告訴人等が納得できないのであれば、検察審査会に申立をして、検察官の判断の是非を審査してもらうことができます。
 近年では、明石海岸での花火の際に多数客が亡くなられ、警察官の刑事責任が問われた「明石花火大会事件」や、政治家の小沢一郎さんが政治資金規正法違反に問われた「陸山会事件」などで、「検察審査会」という言葉をお聞きになった方もいらっしゃるかもしれません。

3 検察審査会の構成
 検察審査会では、選挙権がある国民の中からくじで選ばれた11人の「検察審査員」が、検察官が不起訴としたことの是非を審査します。
 法律関係者ではない国民の中から無作為に選ばれるという点では、裁判員と同じですが、裁判所の資料によりますと、裁判員に選ばれる確率は約0.01%、検察審査員に選ばれる確率は約0.007%ということで、裁判員に選ばれる確率よりもさらに低いことになります。大半の事件は、こうして選ばれた検察審査員のみで審査を行います。
 今回の私のように、弁護士が「審査補助員」として選ばれ、法律の解釈やその説明、事件の問題点の整理、法的観点からの助言を行うこともありますが、審査補助員が選ばれる事件はかなり少ないようです。

4 今回の事件の特質
 今回担当しました事件は、元の事件としては、ある方(便宜上、「元被告人」と書かせていただきます。)が逮捕され、当初から無罪を主張していたものの、一審で有罪判決を受け、高裁で逆転無罪となった事件です。無罪が確定した後に、元被告人らが、自分を取り調べた警察官を、文書偽造等で告訴したのですが、検察官は、その警察官を不起訴としました。
 この、警察官を不起訴としたことについて、元被告人らから審査申立がなされ、検察審査会で審査をすることになったという経緯でした。
 おそらくは、①元の事件②警察官を告訴した事件と、事件が2段階あり、記録も膨大であること、①②を峻別して考える必要があること等、通常の事件よりも複雑困難な面があったため、審査補助員が選任されたのではないかと考えられます。

5 審査会の様子
 審査補助員を務めた経験のある弁護士というのは稀と思われ、周囲で話を聞いたこともありませんし、私も勿論初めてでした。
 一言で感想を言うと、「審査員の方々に敬服した。」ということに尽きます。
 最初の日、皆様、目の前に置かれた10cmは超える記録に戸惑った様子を見せながらも、何時間もかけて、懸命に記録を読まれていました。
 初めての意見交換の際は、皆様、「自分は素人だ。」とか、「まだ十分に記録を読みきれていない。」という思いがおありだったようで、おずおずと意見をおっしゃる方が多かったのですが、どの方のご意見も非常に傾聴に値するものでした。
 その後、週に一度、ほぼ丸一日拘束され、記録検討と意見交換を繰り返すことが数回続きました。
 審査会に申立までした元被告人やその家族の心情に思いを馳せる方、また、職業上のご経験からでしょうか、証拠について専門的なご指摘をして下さった方など、それぞれの人生経験や立場から、色々なご意見が出されました。
 どの方も、本当に真剣に事件に向き合っておられました。

6 審査会の終わり
 審査会の最後には議決を行います。議決の選択肢は、①不起訴相当(検察官の不起訴処分が適切であった。)②不起訴不当(検察官の不起訴処分は不適切であった。)③起訴相当(検察官の不起訴処分は不適切であり、起訴すべきである。)の3種類です。
 不起訴が不適切という点では②も③も一緒ですが、③はより踏み込んだ議決ということになります。
 今回の事件では、結論はここに書けませんが、皆様考え抜いての決議でした。

7 最後に
 先ほども書きましたが、法律家でも一瞬尻込みするような膨大な記録に取り組まれ、何日も拘束され、真剣に検討・討議を続けられた審査員の方には、頭が下がる思いでした。
 今回の経験をするまで、私は、実は裁判員裁判にも否定的でしたが、考えが変わってきました。
 法律家であるが故に、かえって気づかなくなっていることもありますし、法律家は知らないこともたくさんあります。
 もし、皆様が、検察審査員に選任されても、けして、「法律を知らないから。」等と物怖じする必要はありません。 それぞれ年齢・性別・立場は違っても、「これまで生きてきた。」というだけで、十分な社会経験であり、どの方にも、その方にしか持つことのできない意見、知識という財産を持っておられます。
 どうか、胸を張って、参加していただき、自信をもって意見を述べていただきたいと思います。

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