弁護士の事件簿・コラム

民事執行法改正後の状況について

弁護士 野呂 芳子

1 前回のコラムについて
 2020年(令和2年)6月のコラムで、民事執行法の改正をとりあげました。
 骨子としては、
①調停できちんと取り決めをしたり、裁判で勝ったりしても、支払う義務のある相手(「債務者」といいます。)がそれを無視し、お金を支払わない事案というのは、実は少なくないこと
②そのような場合、支払を受ける権利がある人(「債権者」といいます。)が、債務者の財産を探して差押等をしようとしても、財産を探し出せず、結局泣き寝入りで終わることも少なくないこと
③こうした事態に対して、2003年(平成15年)、「財産開示手続」という、債務者を裁判所に呼び出して、財産を明らかにするよう求める手続が創設されたが、殆ど実効性がなかったこと
④2020年(令和2年)4月に、民事執行法が改正され、「財産開示手続」についても、正当な理由のない不出頭に対する罰則の強化等、実効性を高めるための改正がなされたこと
をご紹介しました。

2 法改正後の回収事案
 その後、私は、改正法を活用し、2件の養育費長期未払事案で、それぞれ数百万円の完全回収に成功するなど、法改正の効果を実感しました(詳細は、2021年8月のコラムで紹介しています)。

3 法改正後の警察の対応
 法改正により、罰則が強化され、正当な理由のない不出頭や財産開示期日における虚偽陳述等に対し、「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」という刑事罰が導入されたものの、はたして実際に警察が動いてくれるのか、刑事罰が適用されるケースは出てくるのか、私自身、半信半疑でした。
 しかし、民事執行法改正について、警察もかなりきちんと認識し、対応されているようで、財産開示期日の不出頭に対し、逮捕や書類送検といった刑事手続が執られることが珍しくなくなりました。
 私が探したところだけでも、以下のような報道を見つけました。
2020年(令和2年)10月20日
 神奈川県警、財産開示手続に正当な理由なく出頭しなかった介護士の男性(当時34歳)を書類送検。改正法の施行以来、全国初の検挙事案
2021年(令和3年)3月5日
 警視庁、家賃滞納したアルバイトの男性(当時34歳)を、2020年(令和2年)9月7日に東京地裁で行われた財産開示期日に出頭しなかった容疑で書類送検。これは警視庁初の摘発事案
2021年(令和3年)10月15日
 前橋簡易裁判所、葬儀業者への支払いを履行せず、財産開示期日にも不出頭であった50代女性に罰金の略式命令
2021年(令和3年)11月20日
 岐阜県警、2021年(令和3年)10月8日に岐阜地裁で行われた財産開示期日に出頭しなかった容疑で自称会社員の男性(当時44歳)を逮捕
2022年(令和4年)2月9日
 神奈川県警、借金60万円のうち5万円しか返済しなかった無職男性(当時62歳)を、2021年(令和3年)6月3日に東京地裁で行われた財産開示手続に出頭しなかった容疑で逮捕

4 2022年(令和4年)8月17日の新聞記事について
 また、2022年(令和4年)8月17日に、以下に紹介するような新聞記事を見つけました。記事によりますと、以下のような事実経過のようです。
2016年(平成28年)    男性が暴行でタクシー運転手にけがを負わせる。
2017年(平成29年)    運転手が1100万円の賠償を求めて提訴
2020年(令和2年)8月   男性に約260万円の支払いを命じる判決
時期不明            男性は上記賠償金を支払わず、運転手が財産開示
                手続を申し立てるが、男性は出頭せず。
時期不明            大阪府警、男性を民事執行法違反
                (財産開示手続における正当な理由のない不出頭)容疑で書類送検
2021年(令和3年)9月   大阪地検、男性を不起訴処分とする。
2022年(令和4年)6月9日 大阪第4検察審査会、起訴相当の議決
 この議決は、「国民の常識で考えると刑事責任は厳しく追及されるべき」「法適用されなければ、改正の意義が損なわれる。」と述べており、これを受け、大阪地検は、再捜査を進め、改めて、起訴、不起訴を判断するとのことです。

5 最後に
 以前は、財産を隠したり、逃げ続けて債権が時効で消滅するのを待ったりといった不誠実な債務者に対抗するのはかなり難しく、結局、「債権者は泣き寝入り、債務者は逃げ得」ということもままありました。
 しかし、3で紹介しましたとおり、法改正後、警察が、財産開示手続の不出頭等に対し、きちんと逮捕・書類送検などの対応を行っているという事実は、「逃げ得は許されない。」という事実を周知する効果、法手続にはきちんと対応しなければいけないのだという意識を促す効果、「逮捕されるくらいなら支払おう。」ということで支払を促す効果など、大きな効果があり、非常に心強く感じます。
 また、4で紹介しましたとおり、検察庁の不起訴処分に対し、先日、検察審査会が起訴相当の議決を行いました。検察審査会は一般市民の方々で構成されていますので、この報道は、一般市民は、「法の無視」や「踏み倒し」について非常に厳しく捉えていることを捜査機関に示すものであり、今後、同種事案の捜査や処分の決定の際にも影響があるのではないかと考えています。
 今後も私は、積極的に財産開示手続を利用していきたいと考えていますが、ここ2年の経過を踏まえ、もし債務者が正当な理由なく出頭しなかったような場合は、刑事告発も視野に入れ、毅然と対応していきたいと考えています。

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