弁護士の事件簿・コラム

有罪率の実態について

弁護士 中里 勇輝

1 はじめに
 昨年末,テレビを見ていたら,私の好きな「99.9」というドラマが再放送されていました。日本の刑事裁判における有罪率からタイトルがついています。
 「有罪率99.9%」と聞くと,刑事裁判で無罪をとることはほぼ不可能なようにも思われるかもしれません。しかし,この「99.9%」という有罪率を,「0.1%しか無罪がでない」と単純に理解して良いのかというと,そうではないと私は考えています。
 そこで,今回のコラムでは,統計などを踏まえて日本の刑事裁判の有罪率について,説明します。

2 司法統計からみる有罪率について
 裁判所では,「司法統計」という裁判の結果を取りまとめた年報を公表しています。
 直近ですと,令和2年分を確認することができます。
 そして,令和2年の刑事裁判司法統計の概要は以下のURLからみることができます。
 https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/895/011895.pdf(別ウィンドウで開きます)
 この資料の5ページの表には,全国の地方裁判所の令和2年の裁判の結果が取りまとめられており,有罪となった件数が4万5686件,無罪となった件数が72件と書かれています。
 単純にこの数字だけ見ると,有罪とされた事件の割合は計4万5758件のうちの4万5686件の約99.84%となり,99.9%に近い数字となることが分かります。
 司法統計をみると,やはり日本の刑事裁判では有罪率が極めて高いことが分かります。

3 無罪とは何なのか
⑴ 検察官は,刑事裁判を起こす(「起訴」といいます)にあたって,「公訴事実」という形で検察官が主張する犯罪行為の内容を特定します。例えば,「被告人はいつ,どこで,誰を拳で1回殴った」というようなものです。
 これに対して,被告人が,「私は犯人ではない。別の犯人がいる。」とか「私はその場にいただけで殴っていない。」などと主張して公訴事実を争い,無罪を主張することがあります。
 裁判官が,被告人の無罪主張を踏まえて証拠を検討し,検察官が主張する公訴事実が真実であるとは認めず,被告人が罪を犯したとは認められない場合に無罪の判決が下されることとなります。

⑵ そして,このように被告人が無罪を主張した結果,検察官が主張する公訴事実を覆して無罪となった事件の割合が0.1%しかないのかというと必ずしもそうではないと考えられます。
 というのも,司法統計の基となった裁判の中には,被告人がそもそも公訴事実を争っていない事件が多くあるからです。先ほどの例でいえば,「被告人はいつ,どこで,誰を拳で1回殴った」という公訴事実について被告人が認めており,あとは被告人に対する量刑(懲役〇年とか,罰金〇円など刑罰の重さのこと)を決めるだけ,という事件です。
 あくまで私個人の感覚ではありますが,刑事裁判の多くは,この公訴事実に争いがない事件です。このような事件で無罪判決が出ることはほぼあり得ません。
 これに対して,公訴事実を争って無罪を主張する事件では,裁判官が,証拠によって公訴事実を認定することができるのかを判断することになります。判断の結果,被告人が公訴事実とされた犯罪行為に及んだとは考えられない場合に,はじめて無罪判決が言い渡されるのです。
 私が何を言いたいのかというと,令和2年の有罪無罪の総数4万5758件のうち多くの事件は公訴事実に争いのない事件であり,無罪の72件のほとんど(おそらくすべて)は,それ以外の,公訴事実に争いのある事件から出ていると考えられるため,公訴事実を争って無罪を主張し,その結果無罪となった事件の割合は0.1%よりも大きくなると考えられるということです。

⑶ また,公訴事実を争って覆せたとしても無罪判決とはならないケースもあります。
 例えば「被告人は殺意をもってVさんの腹部を包丁で1回突き刺し,Vさんを死亡させた」という殺人が公訴事実となる事件において,被告人が,「Vさんの腹部を包丁で突き刺して死亡させたことは間違いないが,殺すつもりはなかった」と殺意を否認する主張をした場合を想定してください。
 裁判官が,被告人のいうとおり殺意があったとは認められないと考えた場合,公訴事実のうち「殺意をもって」という部分は認められず,殺人罪は成立しないこととなります。ですが,殺意がなかったとはいえ,包丁で腹部を突き刺し,その結果Vさんを死亡させた事実に間違いはありませんから,結局,被告人は,傷害致死の罪で有罪となります。
 このように公訴事実の一部を被告人が争う事件は頻繁にあります。そして,このような事件で被告人が主張するとおり認定されて公訴事実を覆すことができても,結局は有罪となりますから,先ほどの司法統計では「有罪」としてカウントされることになります。
 つまり,司法統計で有罪とされている事件の中にも,公訴事実が覆されたものが一定数含まれているのです。

4 おわりに
 司法統計から導かれる有罪率が,すなわち,無罪を主張したものの有罪となった事件の割合となるわけではありません。実際に被告人が公訴事実を争って無罪を主張した結果,無罪となった事件の割合は,0.1%よりも多くなるはずです。
 とはいえ,公訴事実を覆すことはそう簡単ではありません。なぜなら,検察官は,公訴事実を立証することができると確信をもって起訴するからです。公訴事実に不安があれば,起訴しなかったり,軽い罪で起訴したりすることもできますから,検察官としては,公訴事実の立証は万全だと考えて起訴に踏み切るのです。

 今回のコラムでは有罪率について説明しましたが,被疑者被告人側・被害者側など,刑事裁判にかかわる機会がある方は,どうやって裁判が進むのか,判決はどうなるのかなど,不安を感じることもあるはずです。裁判はどうしても専門性が高くなってしまうため,ご自身で調べても不安が解消されないことも多いかと思いますので,何かご不安があるときには弁護士にご相談ください。

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