弁護士の事件簿・コラム

生前贈与(特別受益)を指摘されたときの対応について

弁護士 栗山 博史

1 複数いる相続人の中に、故人(被相続人)から、生活を立てていくためにまとまったお金などの贈与を受けた人がいるときは、故人が亡くなった時に持っていた財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし(これを「みなし相続財産」といいます。)、このみなし相続財産に基づいて算定したその人の法定相続分からその贈与の価額を控除した残額分しか相続することができないとされています(民法901条1項)。故人の生前に受けた特別な利益を計算上遺産に戻すということで「特別受益の持ち戻し」といいます。生前贈与(特別受益)を相続分に反映させて相続人間の公平を確保しようとするものです。
 一例として次のような場合を考えてみます。
 両親のうち父親はかなり前にすでに他界しており、最近、母親が亡くなりました。母親が死亡時に持っていた財産は預貯金2000万円でした。相続人は母親の長男・二男の2人でした。通常であれば、1000万円ずつ相続します(図1)。

 しかし、二男は、母親から、母親が生前に長男に自動車購入資金として500万円を贈与したことを聞いていましたので、その分を考慮して相続分を決めなければ不公平だとして、長男の特別受益の持ち戻しを主張しました。
 長男が生前贈与を受けたのは事実でしたので、素直に生前贈与を認めました。その結果、みなし相続財産は、死亡時の2000万円に生前贈与分の500万円を加算した2500万円となり、法定相続分はそれぞれ1250万円となります。長男が相続によって取得できる金額は、生前贈与分500万円を控除しますので、相続によって取得できる金額は長男が750万円、二男が1250万円となります(図2)。

 このような計算は、生前贈与の事実について当事者間に認識の違いがなければ簡単に行うことができるのですが、当事者や代理人である弁護士どうしの交渉や家庭裁判所の調停における実務では、そもそも生前贈与を受けたのかどうか、その金額がいくらだったのかなどの事実に争いがあることが多々あります。
 ここでは、他の相続人から、あなたの生前贈与の事実を指摘されたときにどう対応したら良いのか、ということについて、考えてみたいと思います。

2 さきほどの例で考えてみましょう。
 兄弟の間の話し合いでは解決ができず、二男が家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てました。あなたが長男だとします。
 調停の場で、二男(あなたの弟さん)は、あなたが500万円の自動車購入資金の贈与を受けていたことを主張してきました。裁判所の調停委員からは、弟さんの主張に対してあなたの見解を書面で回答してください、と求められました。
 あなたの認識としては、たしかに自分が生前贈与を受けたことは間違いないのですが、あなたは、母親の生前、母親自身から、兄弟間で不公平にならないように、弟さんにも同じように500万円渡した、と聞いていたとします。このとき、あなたとしては、どのように書面で回答すべきでしょうか。
 多くの方は、「確かに、私は母親から500万円の贈与を受けました。でも、私だけでなく、弟の方も500万円受け取っていると母親から聞いています。したがって、今回の相続では、2000万円を1000万円ずつ公平に分けるべきです。」というように回答するのではないでしょうか。
 このような回答は、あなたが、自分の認識・記憶していることを正直に述べたものであり、何ら非難されるべきことではないですし、むしろ裁判所という場で、自分の認識・記憶している事実をそのまま述べることは奨励される態度かもしれません。
 しかし、回答をするうえで留意しなければならないのは、弟さんが調停の場で真実を述べるとは限らないことです。あなたの主張に対し、弟さんが、真実は500万円の贈与を受けた事実があるのに(あるいは、そんなことはすっかり忘れてしまって)「いや、私はもらっていない」と主張し続けたとしたらどうでしょうか。

3 ここで考えておかなければならないのは、「立証責任」についてです。
 生前贈与(特別受益)は、その事実を主張する側の人が証明しなければなりません。相続人の一人が生前贈与を受けたと主張するのであれば、そのように述べるだけでなくて、そのことを証拠によって証明しなければならないのです。証拠によって証明することができなければ、その事実がないものとして扱われるという不利益を受けることになり、これを立証責任といいます。あなたに対する生前贈与については弟さんに立証責任があり、弟さんに対する生前贈与についてはあなたに立証責任があります。
 あなたの先のような回答だと、あなたは自分に対する生前贈与を認めていますから、弟さんはもうこれ以上立証する必要がありません。他方で、弟さんは、自分に対する生前贈与を否定していますので、その事実をあなたが立証しなければ、弟さんに対する生前贈与は認められません。生前贈与がなされたかどうか、その金額がどうか、ということについては、事実に争いがあったとしても、それだけを争点化して地方裁判所の民事裁判で白黒をはっきりさせることはできないとされていますので(最高裁平成7年3月7日第三小法廷判決)、立証するための証拠を集める方法にも限界があります。母親の預貯金口座から弟さんへお金を振り込んだ事実が口座の取引履歴のような客観的記録から明らかであれば立証できるかもしれませんが、そうでないと、なかなか立証は難しいのではないかと思われます。
 あなたとしては、こういった立証責任についても十分に踏まえた対応が必要だと思われます。

4 誤解のないように申し上げておきますが、裁判所という場所で虚偽の事実を述べるべきではありません。裁判官や調停委員から見れば、当事者の方が自分の認識・記憶にしたがって正直に話すことは、紛争の解決を進めてゆくうえで大切なことです。
 しかし、当事者として意識しておかなければならないことは、相手方の当事者があなたと同じように誠実な姿勢で臨んでくるとは限らないということです。
 そこで、先ほどの例に戻りますが、もし、あなたの立場で回答するのであれば、自分に対する生前贈与がなされたことを間違いのない事実として認めることからスタートするのではなく、「母は、生前、兄弟が不公平にならないようにしていたはずなので、今回の遺産分割において考慮すべき特別受益はない」というような回答をして、ひとまず、弟さんのその後の対応を見るといった工夫が必要でしょう。
 ただ、実際上、裁判や調停の実務に慣れていない当事者ご本人の方が、このような立証責任のことまで考えたうえで、裁判所の調停の場で臨機応変に対応することは難しいと思われます。
 弁護士は、交渉や裁判等でのいろいろな事例の経験を踏まえ、その状況に応じて適切なアドバイスや弁護活動ができますので、まずはお気軽にご相談いただければと思います。

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