弁護士の事件簿・コラム

脳血管内治療の医療過誤事件の判決のご報告

弁護士 栗山 博史

 本年7月16日に、弁護士栗山博史及び弁護士中里勇輝の2名が訴訟代理人として担当してきた医療過誤訴訟で勝訴判決を得ましたので、ご報告します。

1 事案の概要
 年齢が30代前半だったAさんは、2017年、めまい等を主訴として相手方病院に検査入院しました。脳血管撮影検査の結果、(小脳)テント部の硬膜動静脈瘻であると診断されました。
 心臓から全身に血液を運ぶ血管が動脈、全身から心臓に血液を戻す血管が静脈ですが、通常は、高圧の動脈と低圧の静脈の間には毛細血管があって、血液がスムーズに流れるような構造になっています。硬膜動静脈瘻は、動脈と静脈が、このように通常であれば存在するはずの毛細血管を介さずに直接つながってしまっている疾患です。Aさんの場合、高圧の動脈血が静脈内へ勢いよく流れ、静脈への逆流があり、これが、めまいや頭痛等を引き起こしていました。
 検査後の医師の説明時には、これに対する治療として、開頭手術ではなく、脳血管内治療、具体的には、動脈側から挿入したカテーテルを通して液体塞栓物質(NBCA)を注入する「経動脈的塞栓術(TAE)」が提案されました。アロンアルファのように瞬間的に接着する物質を血管内に挿入して固めることで、動脈血が静脈側に流れないようにするという方法です。医師の説明によれば、この手術方法は一度で完結せず、複数回にわたって実施する必要があるが、脳の外側の硬膜の動脈を塞ぐものであるため、仮に手術の途中でトラブルがあってもリスクは極めて小さいとのことでした。Aさんはリスクが小さいことに安心し、この治療を受けることにしました。
 ところが、2018年1月に行われた実際の手術方法は、静脈側からカテーテルを挿入し液体塞栓物質(NBCA)を注入する「経静脈的塞栓術(TVE)」でした(以下「本件手術」といいます。)。本件手術が終わった後の医師の説明によれば、TVEは、動脈と静脈がつながっている部位(シャントポイントといいます。)の近くまでカテーテルを挿入し、シャントポイント付近に直接NBCAを注入することができるため、1回の手術により完治を目指すことができ、放射線の照射回数も1度で済むため、手術方法を変更したということでした。Aさんは、本件手術の後、頭痛や吐き気がひどく、数時間後に頭部CT検査を受けたところ、急性硬膜下血腫であると診断されました。シャントポイント付近から出血しており、本件手術が原因であることは明らかでした。Aさんは緊急手術により一命はとりとめましたが、左手、左足の麻痺が残りました。日常生活では車椅子が必要となり、それまで従事していた仕事はできなくなりました。

2 事件の経過
 2018年8月にAさんから事件の調査を受任しました。医療事件は医学の専門的知識が必要な分野であり、相手方病院や医師の過失があるといえるか、過失と損害との間の因果関係があるといえるか、という判断がとても難しいため、一般的に、いきなり訴訟を起こすということはなく、訴訟提起できるだけの医学的・法的根拠について調査することから始めます。私たちは、カルテや文献を読み込み、脳神経外科の専門医から話を聞いて、事案を理解することに努めました。専門医の先生からは、本件手術の動画映像を踏まえた丁寧なご説明とともに、本件手術がいかに危険な手術であるかということについて明確なご意見をいただき、被告医師の過失は明らかであると確信しました。こうして、Aさんは、2019年12月25日提訴しました。相手方病院・医師は全面的に争ってきました。その後2020年2月26日から2025年5月14日までの間に、主張整理、証人尋問等を含め28回の期日を経て、同年7月16日、Aさんの全面勝訴の判決言渡しがありました。相手方の病院側からは控訴されずに確定しました。

3 訴訟における方針
 この事案では、本件手術の前の医師の説明時に、Aさんの友人が同席し、その一部始終を録音していたという特殊な事情がありました。したがって、Aさんが説明を受け、同意していた手術方法と本件手術の手術方法が異なるものであることは客観的に明らかでした。しかしながら、それが単なる手術方法の違いというだけでは、説明・同意(インフォームドコンセント)のプロセスが十分でないものの、Aさんが本件手術を受けたであろうことに変わりはないから、Aさんに発生した後遺症の結果は避けられず、Aさんの自己決定権が侵害されたにすぎない、と判断されるおそれがありました。
 そこで、私たちは、当初想定されたTAEと本件手術(TVE)のリスクの違いを証明することに力を注ぎました。具体的には、①同じ硬膜動静脈瘻でも動脈がつながっている静脈の太さによって推奨される手術方法が変わり、Aさんの疾患の場合はTVEは推奨されず、むしろリスクが高いとされていること、②NBCAは同じ液体塞栓物質のOnyx(オニキス)と比較して、瞬時に固まるため、操作のうえでは高い技術が必要で、血流に乗って容易に飛散するリスクがあること、③NBCAをTVEで使用することによりNBCAが脳内の重要な静脈に飛散すると静脈が塞がってしまうことによる生命・身体へのリスクがあること等を主張し、立証しました。また、本件手術の実際の手術映像を分析して、手術の最中にNBCAが想定外の場所に飛散してしまっている状況などを視覚的に示すということもしました。相手方医師の尋問では、本件手術のリスクを確認するとともに、百歩譲って手術方法を変更するとしても、事前にAさんに説明し、同意を得ることは可能であったこと、その説明・同意のプロセスを経なかったことに何らの合理性もないことを明らかにすることができました。

4 判決
 裁判所は、事前に説明を受けAさんが同意していたTAEと本件手術(TVE)のリスクの違いを踏まえ、手術方法の変更についての事前の説明やAさんの同意を得ることなくTVEを実施したことは、医師としての裁量を逸脱した違法があり、説明義務違反も認められると判断しました。また、もしAさんが医師から適切な説明を受けていれば、TVEを実施する可能性のある本件手術には同意しなかった高度の蓋然性があるとして、説明義務違反によるAさんの損害は、単に自己決定権を奪われたというだけではなく、本件手術を受けたことによる身体的損害にも及ぶと判断し、Aさんが求める損害賠償を認めました。

5 おわりに
 医療事故訴訟は、相手方となるのが医師という専門家ですので、対等に闘うためには、協力してくれる医師の存在が不可欠です。そして、本事案のような硬膜動静脈瘻を脳血管内手術で治療するという方法は、脳外科の医師の中でもこれを専門にしている医師は比較的少なく、業界も狭いので、協力していただける専門医と出会えるかどうか懸念がありましたが、実際にお会いできて貴重なアドバイスをいただけたことは本当にありがたく、Aさんにとっても幸いでした。
 Aさんの身体が元に戻ることはありませんが、将来の経済的な不安を少しでも解消することができたことに安堵しています。

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