弁護士の事件簿・コラム

改正民事執行法を利用した長期未払養育費回収事例

弁護士 野呂 芳子

1 はじめに
 令和2年(2020年)6月のコラムで、同年4月1日に施行された改正民事執行法についてご紹介しましたが、早速、この改正法を利用して長期未払であった養育費の回収に成功しましたので、2例をご紹介します。

2 事例1:Aさんの場合
 Aさんは、離婚当時から私の依頼者であった方ですが、離婚後も委任契約を結び、引き続き私が代理人として窓口になっていました。
 この方は、以下のような経緯を辿りました。

【過去のいきさつ】
①平成23年(2011年)3月
 調停で離婚成立。養育費は月額6万円で合意。
②平成25年(2013年)3月
 元夫から私に「今後は3万円に減額する。」と一方的な通告文書が届く。
 私から「減額希望であれば、きちんと『養育費減額調停』を申し立てるように。」と文書を出すが、元夫は調停申立を行わず、3万円の振込を続ける。
③平成25年(2013年)5月
 元夫の勤務先に給与差押の申立。しかし既に退職しており、回収叶わず。
④平成25年(2013年)10月
 家庭裁判所に「履行勧告」の申立(注、家庭裁判所の調査官から「調停条項どおり履行するように」と勧告してもらう制度)を行う。
 裁判所から勧告はされたが、3万円の振込が続く。
⑤平成26年(2014年)4月
 家庭裁判所に「履行命令」の申立(注、家庭裁判所の調査官から「調停条項どおり履行するように」と命令してもらう制度。履行命令に従わないと、「過料」という行政罰に処せられることになっている。)を行う。
 裁判所から命令は出されたが、3万円の振込が続く。

 その後は打つ手が無く、3万円の受領を甘受する状態で数年経過。
 私は、民事執行法が改正されることを知った時から、利用を決意し、依頼者にも事前に説明し、改正法施行を待っていた。

【改正法による回収の経緯】
①令和2年(2020年)7月
 この時点で、未払養育費は約270万円となっていた。
 改正法を利用し、元夫の銀行預金残高の情報を得ようと考え、裁判所に、「第三者(注、本件では銀行)からの情報取得手続」を申し立てた。
 対象銀行は4行とした。
 申立から約10日間で裁判所から「情報提供命令」が発令され、各銀行にも命令が送達された。
 また、予想していたより迅速に、発令から10日以内に、全ての銀行からの回答が出揃い、各銀行における元夫の預金残高が判明した。
②令和2年(2020年)8月
 判明した預金残高をもとに、多額の預金があった2行につき、預金差押を行い、未払額約270万円中約240万円を回収。
③令和3年(2021年)1月
 その後も元夫は3万円の振込を続け、また未払額が増えていったので、今度は、改正法に基づき「財産開示手続」を申し立てた。
 この手続を経ることにより、現在の勤務先の照会も可能になるので、今後も未払が続くようであれば、勤務先の給与差押を行う予定であった。
④令和3年(2021年)3月
 財産開示手続の申立を知った元夫が、約8年ぶりに、調停条項どおりの6万円の振込を行う。
⑤令和3年(2021年)4月
 元夫が、その時点での滞納額を一括払い。全額回収となる。
⑥令和3年(2021年)5月
 財産開示手続期日が開かれる。事前に元夫から提出された「財産目録」により現在の勤務先も判明。
 以後、現在まで、調停条項どおり6万円の振込が続いている。

3 事例2:Bさんの場合
 Bさんは、Aさんとは異なり、私は離婚当時は代理人ではなく、令和3年(2021年)に初めて未払養育費のご相談を受けました。

【過去のいきさつ】
①平成19年(2007年)11月
 調停で離婚成立。養育費は子ども1人あたり月額5万円(子どもは3人)で合意。
②平成20年(2008年)6月
 元夫が申し立てた「養育費減額調停」により、養育費は子ども1人あたり4万円に減額することに合意。
 しかし、減額合意した金額4万円も守られず、遅延や、4万円からさらに一方的に減額した振込が続く。

【改正法による回収の経緯】
 私がご相談を受けた時点で、未払額は約660万円であった。
 元夫は、家族が経営する会社の従業員であり、一般的にいうと給与差押が困難な事案であった。
①令和3年(2021年)3月
Aさんの場合と同様、改正法を利用し、元夫の銀行預金残高の情報を得ようと考え、裁判所に、「第三者(注、本件では銀行)からの情報取得手続」を申し立てた。
対象銀行は3行とした。
 Aさんの場合と同様、申立から約10日間で裁判所から「情報提供命令」が発令され、各銀行にも命令が送達された。
 しかし、ここで思わぬ事態が発生。3行中2行については、発令後から2~3日で迅速に回答が来たものの、残る1行からなかなか回答が来ない。
 裁判所に何度も問い合わせるも、「あそこの銀行はいつも遅いんですよ。でも遅くても必ず回答してくるので待っていてください。」と悠長な対応。裁判所から督促する様子もない。
 全ての銀行の残高を見ないと、どの銀行の預金を差し押さえるべきか判断できないこと、待っているうちに、迅速に回答してきた2行の預金も無くなってしまう可能性があることから、毎日じりじりと待つ。
 同年4月、発令から1か月となり、私もとうとう業を煮やし、裁判所を通さず直接銀行に督促しようかと考え始めたところ、ようやく回答が来て、3行の回答が出揃う。
②令和3年(2021年)5月
 Bさんの場合、元夫の勤務先はわかっていたため、預金と給与同時差押の申立を行う。預金の差押を申し立てた銀行は、元夫個人が預金しているだけではなく、家族が経営する勤務先とも取引のある銀行であった。
 元夫は、そのような銀行に差押が入ったことによる勤務先のダメージを考慮したためか、「将来分の養育費も含め、任意に全額支払うので、差押を取り下げてほしい。」と私に申し入れし、その言葉どおり、全額を振り込んだため、差押は取り下げた。

【まとめ】
 以上のように、2件とも、改正民事執行法を利用して全額回収できました。
 全ての事案でこのようにうまく行くとは限りませんが、改正前に比べ、格段に回収しやすくなったことは間違いありません。これまで泣き寝入りしていた方も、諦めず、是非1度ご相談いただければと思います。

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