弁護士の事件簿・コラム

遺留分制度の改正について

弁護士 井上   泰

1 今回のテーマ
 民法(相続法)改正のうち、「配偶者居住権」、「自筆証書遺言」と取り上げてきましたが今回は「遺留分制度」の改正のポイントについて取り上げます

2 遺留分制度とは
 そもそも遺留分制度とは、遺言や被相続人の生前に贈与などによって、特定の人だけに財産が与えられた場合でも、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人(子や配偶者、親、孫など)にその一定割合の遺産(遺留分)の取得を認める制度です。
 被相続人は生きている間にその財産を贈与したり、遺言によって自分の財産を誰にどのくらい与えるかについて自由に決めることが可能です。
 しかし、妻と長男、次男の子2人の家庭を持つ夫が、長男に自分の財産のすべてを与えるなどという遺言を残して亡くなった場合を考えてみましょう。
 このように、夫の意思に全ての遺産を全て長男に相続させるということが自由に出来てしまうとすると,本来であれば一定の割合で相続できる地位にあった妻や次男の期待を裏切り,場合によっては,それらの生活の基盤さえ切り崩すことになりかねません。
 そこで、そのような遺言があった場合でも、兄弟姉妹を除く法定相続人に一定の割合の遺産を取得する事つまり遺留分を認めているのです。
 その遺留分の割合は相続人が親などの直系尊属だけの場合は本来の相続分の1/3、そのほかの場合は1/2とされています 。
 そこで、前述した例でいえば、妻や次男は長男が取得した遺産からその遺留分(本来妻の相続分は 1/2 であり遺留分はその 1/2 の割合で1/4 次男は本来の相続分は1/4であり遺留分はその1/2で1/8)を限度に遺産の取得を認めることになります。

3 遺留分に基づく請求の効力
(1)現行の遺留分の制度
 遺留分を行使しようとする権利者が、その遺留分を自分が取得することを求める請求(遺留分減殺請求)を行うと、遺留分を侵害している遺言や贈与などは、その侵害している範囲で無効となり、原則として遺贈や贈与された財産のそのものの権利が遺留分権者に戻るというものでした。不動産などでいえば、その遺留分を侵害している限度でその持分所有権が遺留分権利者に戻り、その共有持分を取得するのが原則とされています。
 すると、その遺留分を行使した結果、対象の不動産などに複雑な権利関係が生じてしまうことになります。
 現行の制度でも、遺留分減殺請求を行使された相続人などが、不動産の全体を取得したい場合に金銭を支払うこと(価格賠償)を選択することによって解決する制度があり、この価格賠償で解決することが多く行われてきましたが、それはあくまで例外であるという法の建前でした。
 特に個人事業主の相続に関して、事業所の事務所、工場などの事業用不動産などが存在するような場合に、複雑な権利関係が生じることで、事業を継承する特定の相続人にその事業用資産を集中させることについての足かせになっている事が問題視されてきました。
 前述した夫と妻、長男、次男の親子4人の家族で夫が亡くなった場合について具体的に考えてみましょう。
 夫は代々足袋を製造販売する自営業を家業としており、その遺産はその所有する土地に自宅兼事務所と工場とあわせて二棟の建物があり金融資産はわずかな預金しかないとします。
 亡くなった夫が、足袋製造販売業を引き継いだ長男に事業を継いでもらうと共に土地建物をふくめてすべての遺産を相続させるという遺言をしていた場合にはどうなるかです。
 もちろん家族内で協議が行われ、その遺言どおりの結果を望めば問題は無いのですが、長男が遺産を単独で取得することについて次男や妻が不満を持ち、長男に対して遺留分減殺請求を行使した場合はどうなるのでしょうか。
 現行法の下では事業継続の基盤となっている自宅兼事務所、工場、その敷地などの不動産が、上記遺留分妻1/4、次男1/8の限度で持分共有となるのが原則となります。もちろん長男のほうで潤沢な資金があれば例外としての価格賠償を選択し、不動産の価値を計算してその遺留分相当額の金額を支払って単独所有とする事も可能ですが、長男に資金がない場合には、事業用不動産がすべて共有という複雑な権利関係を解消することができず、さらに最終的に妻や次男から共有不動産を売却して金銭で分けよという訴訟(共有物分割訴訟)がされると、事業基盤である事務所や工場を売却するしかなくなるなど、事業継続が困難になるリスクがありました。

(2)改正後の遺留分制度
 そこで、今回の改正で、遺留分権利者が遺留分減殺請求を行使する場合には、その遺留分の侵害額に相当する金銭の支払いのみを請求することができる制度に改正されることになりました。その請求権の名称も「遺留分侵害額請求権」とされました。
 これによって不動産などについて複雑な権利関係が生じるのを防ぎ、上記の事業承継を伴う相続発生時に事業用資産を承継主に集中させやすくなることが期待されています。
 そして、その金銭を直ちに準備出来ない場合であっても、金銭の全部または一部についてその支払を一定期間裁判所に猶予してもらうように請求する事が出来る制度が設けられました。
 前述した事例では、亡夫から事業を引き継いだ長男は、妻、次男からの遺留分請求に対して、金銭の支払いがすぐにできない場合には裁判所に猶予を申し出て、その事業をしっかり承継し、今後利益を上げることで、遺留分侵害額を妻や次男に支払っていくという選択肢ができたことになります。
 ただ、この規定については実際にはどのような運用になるかは今後の課題です。


  以上が主たる遺留分制度のおける主たる改正点です。当該遺留分制度にかかる改正法の施行は2019年7月1日とされています。

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