弁護士の事件簿・コラム

刑の一部執行猶予制度について

弁護士 井上  泰

1「刑の一部執行猶予制度とは」
 2013年5月の刑法の改正で「刑の一部執行猶予制度」が創設され、約3年間の周知期間を経て今年の6月1日から施行されることとなりました。
 これまで、犯罪を行ったとして捕まった人に有罪の判決が下されるときに、例えば「懲役2年」という実刑判決(2年間刑務所に収容する)となるか「懲役2年 執行猶予4年」などと4年間無事に社会内で過ごすことができれば、刑務所に行かなくてもすむという全部執行猶予となるかの2つの選択しかありませんでした。
 しかし、この制度が導入された後には、例えば「懲役2年に処する。そのうち4月は2年間その執行を猶予する。その間保護観察に付する」等という判決を出すことが可能となります。
 つまり、まず刑務所で1年8ヶ月の間、受刑し、釈放された後、2年間、執行猶予が取り消されることなく無事に過ごせば残りの4カ月間の刑期を刑務所で受刑しなくてもすむという制度です。

2「従前の仮釈放後の保護観察の抱える問題点」
 ところで成人の刑事事件に関して保護観察を受けるのは主として刑の全部について執行猶予が言い渡されその猶予期間について保護観察が行われる場合と実刑となった人が仮釈放される場合です。
 しかし、実刑となって刑務所に服役した人が仮釈放された場合、保護観察を受けうる期間は仮釈放の期間(実刑に処せられた期間)が上限となることから、保護観察として社会のなかで更生に向け適切な指導や援助を受ける期間がどうしても短くなり、うまく機能しないという指摘がなされてきました。仮釈放になる場合の刑の執行率は8割以上と言われています。
 自分は司法試験の受験時代に刑事政策を勉強していましたが、従来から仮釈放における保護観察期間の限界の問題は大きな論点となっていました。

3「刑の一部執行猶予制度の目的」
 そこで、このような一部執行猶予制度を導入することによって、実刑として刑務所に服役することになった人に対して一部の刑を猶予し、実刑と処せられた残りの期間を超えて、一部の刑について猶予された期間について、保護観察を受ける事が可能となりました。
 これによって刑事施設における更生に向けてのプログラムと社会内におけるプログラムの連携をはかり、猶予期間中、社会の中で充実した保護観察のプログラムを受けることによって、罪を犯してしまった人のさらなる更生を促し、再犯を防止することが可能になるとされています。
 ただ、あくまでも全部執行猶予にするのはできないが、すべて実刑とするのもかわいそうなどという観点での中間刑というとらえ方ではなく、その人に実刑が相当な場合に、その人の個性に合わせた再犯防止のための処遇のバリエーションの一つと考えられています。
 一部猶予期間に行われる保護観察期間の処遇プログラムとしては、
保護観察所における専門プログラムとして
 *薬物処遇プログラム
 *性犯罪処遇プログラム
 *暴力防止プログラム
 *飲酒運転防止プログラムなどが予定されており

他方民間の処遇プログラムとして
 *ダルク(薬物依存者のための民間のリハビリ施設)の薬物依存処遇プログラムや
 *赤城高原ホスピタルにおけるクレプトマニア(窃盗症;万引きを繰り返す等)への治療・処遇
 等が保護観察における有用なプログラムとして運用されるかが注目されています。

 特に、覚せい剤などの薬物事犯で薬物が断ち切れずに再犯を繰り返した人に対して、一部執行猶予を言い渡すことによって、その猶予期間に社会内で本当に薬物と手を切るための充実したプログラムを受け再犯を防止することができるような運用がなされるかを、今後しっかり見守っていこうと考えています。

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