司法取引制度の導入について

弁護士 井上  泰

2018年6月11日

1 はじめに
 前回、コラムで刑事手続における国選弁護人制度の拡大について取り上げましたが、今回は日本における「司法取引」制度の導入について取り上げたいと思います。2016年の刑事訴訟法改正で「司法取引」制度が導入されることとなり、本年の6月から施行されることになりました。

2 日本で導入される「司法取引制度」
 欧米では「司法取引」の制度を導入している国が少なくありません。
 しかし、その多くは自分の犯罪を自白することによって自分の刑を軽くする「自己負罪型ないし有罪答弁型」といわれる制度です。
 アメリカの法廷サスペンスなどで、登場人物が、自白することによって刑を減軽してもらう場面などが出てくるのはこの制度です。
 ところが日本で導入されることになった制度は、被疑者や被告人が自分以外の他人(法人を含む)の犯罪事実を明らかにすることの見返りに、検察官から不起訴処分や軽い刑の訴追にしてもらったり、裁判所に提出する求刑意見を軽くしてもらったりするという「捜査・公判協力型」の合意制度となっています。

具体的には

  1. 他人の犯罪である
  2. 一定の特定犯罪(贈収賄、詐欺、組織的犯罪処罰法の詐欺罪、薬物銃器犯罪や、脱税、談合などの独禁法違反、粉飾決済、インサイダー取引等の金融商品取引法違反など)に関し
  3. 弁護人の関与のもとに、被疑者、被告人と検察官の間で、自己の犯罪の責任追及を免れたり軽くする事の見返りに、犯罪事実の供述をしたり、証拠の収集に協力したりする事を合意するというものです。

3 導入の理由
 組織的犯罪や密行性の高い犯罪の真実解明と首謀者の検挙によって犯罪行為の抜本的な撲滅を図ることを目的に導入され、これらの犯罪の真実解明などが可能になる事が期待されています。

4 導入にあたっての問題点とそれに対する対応策
 しかし、このような捜査、公判協力型の司法取引制度には被疑者、被告人が虚偽供述をして無実の第三者を巻き込む虞があるのではないかという点が制度の検討時から問題となりました。
 捜査官がほしいと思う供述をすれば、自己の刑責が軽減されるとなると、その供述者と検察官の利害関係が一致して、事実と異なる供述やデフォルメすることによって、真実が曲げられる危険性を大きくはらんでいるとも考えられるのです。
 たとえば、会社の営業部長がその業績を上げるために主導して談合したということで逮捕された後、「実は社長からの指示がありました」などと真実と異なる供述してしまう場合などが考えられます。
 この点に配慮するために、上記の司法取引の合意には弁護人の同意が必要とされ、他方、虚偽の供述などをした場合には処罰されるという罰則(5年以下の懲役)も新設されました。
 しかし、この処罰規定によって一旦虚偽供述をした本人は、自己の処罰を免れるためにその供述を改めないのではないかという問題点も指摘されており、その問題に対して配慮する規定はあるものの、この規定によって、上記の問題点をクリアしていけるのか、我々弁護士はしっかりとその運用状況を監視していく必要があると考えます。

5 その他
 日本の制度として、弁護人は犯罪の捜査が行われている被疑者段階では、捜査機関の取得した証拠を見ることは出来ません。
 従って、司法取引の当事者となった依頼者が司法取引に応じるかを検討するにあたって、客観的な裏付けがあるかどうか、依頼者の供述などが全体の証拠の中でどれだけ重要なのかなどの判断材料が弁護人には圧倒的に少ないことが考えられます。
 このように司法取引制度の目的に沿い、かつ共犯者と疑われた無実の人を犯罪に巻き込まないようにするための判断材料が少ない事を考えると、司法取引に応じるかどうかの判断は我々弁護士にとっても難しいものになると思われます。
 他方、司法取引によって得られた供述等が自分の裁判に利用されることになった、共犯としての疑いをかけられた人の立場としては、この制度がえん罪の温床にならないように、その供述等の信用性について充分に吟味、検討されなければならないと考えられます。
 司法取引の合意の過程について十分検討できるように、立法にはありませんが可視化をしていくなどの対策が必要であると考えています。
 いずれにしてもこの新制度に対してしっかり対応していきたいと思います。

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