福島第一原発被害者かながわ訴訟、いよいよ最終盤に

弁護士 栗山 博史

2018年5月17日

1 はじめに
 2011年3月11日の福島第一原発の事故からすでに7年が経過しました。
 原発から漏出した放射線の被害を免れるために、政府や自治体の指示に基づいて、あるいは、指示がなくともご自身の判断で、福島県内から他の都道府県に避難し、今なお避難生活を継続している方もたくさんいらっしゃいます(現在、県外への避難者は全国で約3万4000人、神奈川県内には約2000人)。
 原発からの避難者が原告となって国や東京電力に対して損害賠償を求めている集団訴訟は全国各地で提起され、神奈川でも、2013年9月、当時神奈川県内に避難していた方々が原告(合計174名)となって、横浜地方裁判所に提訴し、訴訟を進めてきました。
 この裁判の争点はいくつかありますが、「責任論」では、国の責任を問うことができるかどうか、「損害論」では、政府等から避難指示が出されなかった地域から避難した住民にも避難に伴う損害の賠償が認められるかどうかが大きな争点となっています。
 私のコラムでも、2013年9月と2015年2月にご紹介しました。この訴訟は、いよいよ最終盤を迎え、以下のとおり、7月には結審する見込みとなりましたので、改めてご報告します。

 2013年 9月    提訴
 2017年 4月    証人尋問(当時原子力安全・保安院の安全審査官)
 2017年 7月、9月  証人尋問(医師)…低線量被ばくの健康影響
 2017年 11月    原告本人尋問①
 2018年 1月    原告本人尋問②
 2018年 2月    裁判官が福島避難区域各地を見分
 2018年 3月    原告本人尋問③
 2018年 7月    結審予定

2 国の不作為を問題とする
 福島第一原発事故の原因の主要なものは津波であるとされています。地震によって鉄塔が倒れ外部電源が失われても、非常用電源設備を動かすことができれば、原子炉の冷却を継続することが可能となり、炉心損傷・炉心溶融という最悪の結果を回避することはできました。ところが、津波が福島第一原発の敷地(高さは海抜10m程度)を超えて襲来し、非常用電源設備が浸水してしまったため、原子炉を冷却することができなくなりました。福島第一原発の非常用電源設備は津波に対してあまりにも脆弱だったのです。

 原発事故を起こしたことについて、事業者である東京電力は、原子力損害の賠償に関する法律により、過失がなくても損害賠償責任を負うことになっています。なので、東京電力が事故の責任を免れることはできません。では、自ら事故を起こしたわけではない国の責任を問うことができるのでしょうか。国の責任を問うためには、国の不作為について責任を問う根拠が必要になります。

 国(経産省)は、原発の設置を許可するだけでなく、原発がひとたび稼働した後は、原発の安全を確保する責任があります。それを具体的に定めたのが電気事業法という法律です。電気事業法では、事業者が事業用電気工作物(原発を含む。)を、経産省が定める「技術基準」に適合するように維持しなければならないとされています。そして、この技術基準は、人体に危害を及ぼさないようにするため、細かく定められていて、たとえば、原発が津波により損傷を受けるおそれがある場合には防護施設の設置など適切な措置を講じなければならない、とされています。

 電気事業法は、経産大臣に対し、原発がこの技術基準に適合していないと判断するときは、電力事業者に対して、技術基準に適合するよう原発の修理、改造等を命令することができるという権限を与えていますので、経産大臣は、もし、原発が、将来起こり得る津波に対して安全でないと判断した場合には、技術基準適合命令を発すべきであり、それを怠った場合には不作為の責任を問われなければなりません。
 このように、わたしたち弁護団は、被告国(経産大臣)が、規制権限を電気事業法に基づいて適切に行使すべきなのに行使しなかった、ということをとらえ、国の不作為の責任を追及しています。

3 国の規制権限不行使の違法を認めさせるうえでのハードル
 一般的に、やったことの責任を追及することより、やるべきことをしなかったことの責任を追及することのほうが難しいとされています。何もしなかったことの責任を追及するためには、ある時点において、あることを行う義務があるのに、その義務に違反して何もしなかったという必要があるからです。

 国が電力事業者に対して規制権限を行使することができた、というのはよいとしても、ある時点で規制権限を行使する義務があったといえるのかどうか。ここが重要になります。規制権限を行使するか、行使しないかについて裁量があり、選択の余地があったというレベルでは規制権限不行使が違法であるとまではいえないのです。

 最高裁は、過去の複数の事例で、被害を予見できるかどうか、結果を回避できるかどうか、被害の内容がどのようなものであるか、などの様々な事情を考えたうえで、国の規制権限不行使が違法となる場合を限定してきています。

4 福島第一原発の敷地高さを超える津波を予見することができたのか
 福島第一原発事故の後、マグニチュード9の超巨大地震、そして15mを超える大津波は「想定外」であり、予想することはできなかった、という発言が複数の有識者からなされました。これほどの大地震・大津波を事前に予想することができなければ、対策をとらなかったとしても非難できないということになりますが、本当にそうなのでしょうか。

 事実関係をよく見てみたいと思います。
 2002年7月に政府の地震調査研究推進本部(以下「地震本部」といいます。)が「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」といいます。)を発表しました。1995年の阪神・淡路大震災の大被害を契機として、全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するために地震防災対策特別措置法が制定されました。地震本部は、この法律に基づいて設置された特別の機関です。地震に関する調査研究の成果が国民や防災を担当する機関に十分に伝達され活用される体制になっていなかったという反省のもとに、行政施策に直結すべき地震に関する調査研究を政府として一元的に推進するためでした。

 この地震本部が、2002年の「長期評価」で何を指摘していたか。
 日本列島の約200km東側には、太平洋プレートが北米プレートの下に沈み込む場所に「日本海溝」が形成されています。「長期評価」は、「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」という南北800kmほどの巨大な領域を設定して、1611年慶長三陸地震、1677年延宝房総沖地震、1896年明治三陸地震(いずれも大津波を引き起こしています)と同様の地震が、今後領域内のどこでも発生する可能性があるとし、その確率を、30年以内に20%程度、50年以内に30%程度と推定していました。「三陸沖北部から房総沖の海溝寄り」の領域全体のどこでも発生する可能性があるというのですから、福島県沖も含まれます。福島県の日本海溝寄りの領域では、過去に大津波をもたらす地震が現実には発生していませんでしたが、その福島県沖も含めて、地震本部は、大津波をもたらす地震が発生する可能性があると指摘したのでした。

 実は、東京電力は、2008年になって、当時信頼していた地震学者の意見を受けて、この「長期評価」に基づいてある試算を実施していました。明治三陸地震や延宝房総沖地震と同様の地震が福島県沖で発生した場合に、福島第一原発にどの程度の高さの津波が来るのかを精緻な技術を使って計算していたのです。それによると、明治三陸地震と同様の地震が福島県沖で発生した場合の試算において、福島第一原発の敷地南側の津波高さは15.7m程度と試算されました。福島第一原発の敷地高さは海抜10m程度の高さなので、敷地南側で、敷地の高さを5m以上も上回ることになります。

 事業者である東京電力は、長期評価が発表されてから5年以上経過した後にこのような試算をしていたのですが、地震本部という政府の特別の機関が2002年7月に「長期評価」を発表したのですから、その直後に、経産省(実際に原子力事業を規制する役割を担っていたのは、当時は原子力安全・保安院です。)自身も、東京電力と同様の試算を実施し、あるいは東京電力に試算をさせていれば、2002年の時点で、2008年の東京電力の試算結果と同様の試算結果を知ることができたはずだ、ということになります。

 たしかに3・11の地震は、二つのタイプの異なる地震が連動したもので、地震規模もマグニチュード9と超巨大であり、この地震そのものを予測することは難しかったかもしれません。しかし、国の責任を考えるうえで重要なのは、そもそも福島第一原発の敷地の高さを超える程度の津波が来ることを予見できたかどうかです。

 電源設備が設置されている建屋は、防水機能のある時計や携帯電話とは違って、津波への耐性は全くありませんから、もし津波が敷地の高さを超えてくれば、建屋のどこかの開口部から津波が浸入し、非常用電源設備は完全に水浸しになる可能性が高いのです。そんなことは少し考えれば誰でもわかる道理でした。もし、経産省(旧保安院)自身が、2002年に発表された「長期評価」を将来の地震予測に生かし、福島原発に到来する可能性のある津波高さの試算をしていれば、津波が敷地の高さを超えてきても非常用電源設備の機能を奪われないように、東京電力に対し、建屋やその中にある非常用電源設備を「水密化」するなどの方策をとらせることができたのではないか。そうすれば、福島事故のような被害を防ぐことができたのではないか。

 このように、国には敷地高さを超える津波の予見可能性があり、津波対策を講じていれば事故は回避できたはずだ、国が津波対策を講じさせなかったことは違法だ、というのがわたしたち弁護団の主要な主張です。

5 避難指示区域外からの避難者への賠償
 国や東電の損害賠償責任が認められたとしても、福島県内から県外に避難した原告一人ひとりに損害が認められるのか。認められるとしてもその損害額の評価はどうなるのか、という問題があります。

 政府等から避難指示が出された区域の住民は、原発事故と避難行動との間に因果関係が認められますが、避難指示が出ていなかった区域の住民が避難した場合にはどうでしょうか。避難指示区域の範囲は、純粋に放射線量のみならず、政府の判断によって政治的に定められたものです。生命・身体被害の安全を最優先に考えれば避難指示区域の範囲を広くするに越したことはないはずなのですが、あまりに広くすれば地域社会は崩壊し、また、電力会社の財政上の負担も大きくなりますので、政府が、このような政治的配慮もしたうえで区域割りをしたのです。

 しかし、そういった、純粋に科学的な観点からの区域割りではありませんので、避難指示が出ていないからといって、健康上の被害がないとは言い切れません。幼い子どもがいる世帯を中心として、健康被害への影響を考えて県外に避難した方は少なくありませんでした。このような避難行動が、人為的な事故によって余儀なくされたものだとすれば、避難者の被害の実情に照らした損害賠償が認められるべきだと思うのですが、低線量の被ばくが継続することによる健康被害が、統計で明らかになるような形で十分に解明されているとはいえないため、裁判所の理解を得ることはなかなか容易ではありません。

6 全国集団訴訟の判決
 さて、昨年から今年にかけて、国と東電を被告とする集団訴訟の判決が、前橋地裁(2017.3.17)、千葉地裁(2017.9.22)、福島地裁(2017.10.10)、京都地裁(2018.3.15)、東京地裁(2018.3.16)で相次ぎました。

 千葉地裁を除く4地裁は、東電の責任のみならず、東電に対して津波対策を行わせなかった国の責任も認めましたが、他方で、損害論については、原発から避難された方々の損害が不当に低く評価されているという問題があります。
 原発から避難された方々は、長期間の避難生活に伴って精神的苦痛を味わっただけでなく、いまだに帰還できず、ふるさとを喪失し、あるいは、避難指示が解除されて仮に帰還したとしても、かつての人間関係や社会生活は失われてしまっています。このような精神的苦痛に対する適切な評価がなされていません。
 また、政府等による避難指示が出されていなかった区域から、放射線被害を避けて自分の判断で避難してきた方々の損害はほとんど認められていません。原発からの避難は、単なる心理的不安ではなく、放射線被害(低線量被ばく)という健康被害を避けるための避難であることが正しくとらえられていないのです。

7 おわりに
 すでに判決が出されている先行訴訟は高裁に舞台が移っていますが、おそらく高裁の判決よりも前に、横浜地裁の判決が出る見込みです。国の責任が認められる流れを定着させるとともに、原発避難者の被害の実相をわかりやすく伝える努力を最後まで粘り強く続け、損害論でも前進した判決を獲得したいと考えています。

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