弁護士の事件簿・コラム

民法(債権関係)の改正について

弁護士 栗山 博史

1 はじめに
 1890年代に施行されたわが国の民法の一部を改正する法律の施行日が、2020(平成32)年の4月1日に決まりました。
 民法は、債権関係、物権関係、家族関係に大別することができますが、今回の大改正は、債権関係に関するものです。
 社会で生活を営んでいれば、物の売り買い、アパートの賃貸借、お金の貸し借りなどの取引(契約)はすべての人が経験するものですが、こういった契約に関する規定を中心に、社会・経済の変化に合わせて見直しを行うとともに、実務で一般的に通用していたルールを、法律に書き込んでわかりやすくするという趣旨に基づくものです。
 改正点は多岐にわたりますが、一例として、私たち弁護士がみなさまからご依頼を受けて事件を解決するにあたって影響の大きいものの1つである「法定利率」について取り上げてみたいと思います。

2 法定利率とは
 銀行などからお金を借りるときに、年利〇%などと必ず利息がつきますね。これは、貸し借りをする当事者間で取り決める利率なので約定利率(やくじょうりりつ)といいます。法定利率というのは、当事者間で利息に関する約束をしていなかった取引などに適用される利率です。当事者間で決めなかった場合には法律に従って利率を決めるということです。たとえば、AさんがBさんに、年末までに返済するという約束で100万円を貸したとしましょう。年内いっぱいは無利息でいいですよと。でも、年内いっぱいに返済できず、年が明けてしまったとします。翌年の1月1日になれば、約束違反(債務不履行)となり、ペナルティとして遅延損害金が発生します(415条、417条)。この損害金の利率について、AさんとBさんとの間に取り決めはありませんので、遅延損害金は法定利率によって算定されるということになります(419条)。法定利率は現行法では5%ですので、上の例のように100万円の貸金であれば、年に5万円の利息が発生するということになります。

3 法定利率についての改正点
 今銀行で住宅ローンを組むと、変動金利では年利1%代ですね。法定利率が年5%というのは、これだけ低金利時代が長く続くと、世の中の金利とのギャップがあまりにも大きいといえます。世の中の経済の実態に合わせるべきだとの意見が根強くあり、今回の改正で見直されることになりました。
 改正内容は、緩やかな変動制といわれるもので、具体的には以下のとおりです。

①現行法年5% ⇒施行時に年3%へ(新404条2項)

②その後は3年ごとに見直す(新404条3項)
 具体的には、日銀が公表している貸出約定平均金利の過去5年間60か月の短期貸付利率の平均利率を算出し、その平均利率が前回の変動時と比較して1%以上の差が生じたときに、1%未満は切り捨て、1%単位で変動させる(なので、法定利率は必ず整数になる)、というもの(新404条4項、5項)。

1つの債権については、1つの法定利率(利息が生じた最初の時点における法定利率。遅延損害金の場合は遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率)が適用され、その後変動させない(新404条1項、新419条1項)。

商事法定利率(商行為によって生じた債権に適用される法定利率)6%の廃止(商法541条の削除)。

 このように、法定利率は3年ごとに自動的に変動の有無について見直しが行われることになりますが、ある債権に適用される利率がひとたび決定されれば、その債権の利率はずっと同一であるという点で固定利率ということになります。

4 損害賠償請求への影響
 さて、法定利率の変更は、利息や遅延損害金の利率の変更にとどまらず、交通事故の被害者等が加害者(保険会社)に損害賠償請求を行うなどの場合に大きな影響があります。
 法定利率が、中間利息を控除する場合の利率として適用されることが明示されたからです(新417条)。
 「中間利息」という言葉はあまりなじみがないかもしれません。
 具体例でご説明しましょう。交通事故の被害者が、事故を起こした加害者(加害者が加入する保険会社)に対して、逸失利益を請求することがよくあります。逸失利益とは、事故がなければ将来得ることができたはずなのに、事故によって失われた収入です。
年収500万円の人が、47歳で後遺症を負い、労働能力を20%奪われたとしましょう。年収500万円稼げる人が、働く能力を20%失ったのですから、1年間につき100万円の逸失利益が生じることになります。しかし、後遺症は1年間だけでなく、2年後も、3年後もずっと続きます。一般的に、働くことが可能とされている年齢は67歳なので、47歳で後遺症を負った場合には、20年間にわたって収入が減るものとして計算されます。
 この場合の逸失利益の計算はどのように行うでしょうか。単純計算で、500万円×20%×20年=2000万円の減収があったと主張したいところです。しかし、20年間にわたって毎年100万円ずつ発生する損害の賠償を現時点で一度に受け取るということになりますので、「中間利息」を控除する必要があるのです。将来の損害を現在の価値に引き直すわけです。20年間はちょっと長いので、もっと短い期間でみてみましょう。
 1年後に100万円を受け取る権利があるとして、それを現在(1年前)に引き直すと、1年分の利息を控除して、年5%なら、100万円×100/105≒95万2380円となります。では、2年後に受け取る100万円を現在に引き直すとどうでしょうか。1年分の利息を控除した金額からさらに割り引く必要がありますね。95万2380円×100/105≒90万7029円となります。3年後に受け取る100万円を現在に引き直すと、同じように計算して90万7029円×100/105≒86万3837円です。こうやって、年利5%を前提に、中間利息を控除して計算して20年分の合計を出してみると約1246万円となります。
 さて、法定利率が3%となるとどうなるでしょうか。中間利息として控除される金額は当然少なくなります。1年後の100万円を現在に引き直すと、100万円×100/103≒97万0873円、2年後の100万円を現在に引き直すと、97万0873円×100/103≒94万2595円、3年後の100万円を現在に引き直すと、94万2595円×100/103≒91万5140円です。こうやって、年利3%を前提に、中間利息を控除して20年分の合計を出してみると、約1487万円となります。
 法定利率年5%の場合と3%の場合の逸失利益を比較してみて下さい。トータルで240万円ほど増額になるのです。
 交通事故の損害賠償請求に関する保険会社との交渉において、これまで世の中の金利とかけ離れた法定利率5%を前提に中間利息を控除され、逸失利益はかなり少なく算定されていました。今回の改正は、逸失利益の金額を経済情勢に合わせて増額させるものなので、被害者救済の観点からみると一歩前進といえるかと思います。

5 おわりに
 今回の民法(債権法)改正のうち、ほんのごく一部、「法定利率」の改正について取り上げてみましたが、これだけでも実務への影響は大きいということがおわかりいただけるかと思います。
 このほかにも、消滅時効や保証、債権譲渡など、多岐にわたって改正がなされました。
 改正法の施行日までまだ時間がありますので、機会を見付けて、別の改正点について取り上げてみたいと思います。

「弁護士の事件簿・コラム」一覧へ »