特別養子縁組制度について

弁護士 野呂 芳子

2017年12月8日

1 はじめに
 私がまだ小学生の頃、「菊田医師事件」という事件がありました。
 この事件は、宮城県石巻市の産婦人科医菊田医師が、望まない子を妊娠した母親に中絶を止めさせて出産させ、子どもを望む夫婦の実子として斡旋していたという事件です。
 当時の日本では、出産後に養子に出しても、実の親との親子関係は残り、戸籍を見ればわかる状態であったため、菊田医師は、実母が出産した経歴が戸籍に残らないように、また、養親子が実親子のような関係を結べるようにとの配慮から、「引き取り手の実子である。」という偽の出生証明書を作成していたのです。
 菊田医師の行為が広く社会に知られたのは1973年(昭和48年)ですが、当時、この事件が大きく取り上げられ、様々な議論を巻き起こしたことは、子ども心にはっきり覚えています。
 菊田医師は、「子どもの命を救う。」という信念に基づき行ったことでしたが、結局、医師法違反を問われ、罰金刑、6か月の医業停止の行政処分と、優生保護法指定医の取り消しを受けることになりました。
 しかし、一方で、この事件と菊田医師の訴えが、後に、日本の法律を変え、1987年(昭和62年)に、「特別養子縁組制度」を生み出す契機となったのです。

2 特別養子縁組制度とは何か
 上記のとおり、それまでの日本の法律では、養子縁組をしても、実の親との法律上の親子関係は残りました。しかし、特別養子縁組制度の場合は、実の親との親子関係が法律上終了する点に特徴があります。
 また、通常の養子縁組(*「普通養子縁組」といいます。)が、戸籍の届出によって成立するのと異なり、特別養子縁組の場合は、養父母が、家庭裁判所に請求して認めてもらう必要があります。
 家庭裁判所に認めてもらうためには、原則として、以下に記載するような要件が要求されています。
①養親は夫婦であること、また、少なくとも養親の1人は25歳以上であること
②養子の年齢が6歳未満であること
③実親の同意
④実親による養子の監護が著しく困難または不適当であるなどの事情があり、子の利益のために特に必要があると認められること
⑤養親により養子を6か月以上試験養育させ、その期間の監護状況を考慮すること
 このように、普通養子縁組より厳しい要件が課されているのは、「実の親との法律関係を終了させる。」「子のための養子制度である。」という「特別養子縁組」の特殊性に考慮してのことです。

3 特別養子縁組制度の利用状況
 しかし、せっかく発足した特別養子縁組制度ですが、残念ながら、これまで、あまり活発に利用されているとはいえない状況が続き、毎年概ね400件前後、2016年(平成28年)でも、わずか495件しかありません。
 なぜ普及しなかったのか、その理由は、色々指摘されています。

(1)行政による関与が手薄であったこと
 1つには、「行政の枠組みの中で、既にあった「『里親制度』が優先され『特別養子縁組制度』が機能しなかった。」という指摘があります。
 たとえば、里親になる場合、国から里親委託費、生活費、実費等の支給がありますが、特別養子縁組により養親になる場合、こうした国からの補助は一切無いのです。
 また、「6歳未満の子に限る、実の親子と同様の関係を作る。」という特別養子縁組制度を本当に機能させようと思ったら、出産前から、児童相談所等が積極的に動く必要があると思われますが、日本では、妊婦や胎児は保健所の管轄であり、児童相談所は、「児童に関する業務」を行うので、妊婦が児童相談所に相談に行っても、「生まれたら来てください。」という対応がされるという実態がままあったようです。
 こうした「妊婦・胎児」と「児童」の分断の他、児童相談所が虐待対応で慢性人手不足の中、特別養子縁組のマッチングまで手が回らなかったという実情もあるでしょう。
 さらに、厚生労働省の通達指導の不徹底や、「私」の領域に行政が介入することへの躊躇から、国、市町村などいずれも積極的な施策をとらなかったという点も、この制度が普及していない原因として指摘されています。

(2)実親の同意をとることの困難さ
 実親の同意をとることの困難さについての指摘もあります。
 実親が現実に養育しておらず、今後も養育する可能性がなくとも、いざ「親子の関係が法律上無くなる。」と言われると、決心がつかないのでしょう。
 厚生労働省の調査によりますと、全国の児童相談所が、「特別養子縁組を検討すべきだった。」と考えたにも関わらず、実現に至らなかったケースが、2014年(平成26年)、2015年(平成27年)の両年度で計288件あり、そのうち「実親の同意という要件が障壁になった。」との回答が約7割を占めたそうです。
 実親が一旦同意しても、家庭裁判所の審判が出る前までは、原則として同意の撤回が可能なため、養親と子どもが既に試験的に同居を始めて双方に愛着が生じていたのに、実の親が同意を撤回してしまったため、特別養子縁組が成立しなかったというケースもあるそうで、こうなると、振り回される子どもと養親があまりにも気の毒としかいいようがありません。

(3)養子の年齢要件
 「養子が6歳未満」という年齢要件が壁になっているという指摘もあります。
 厚生労働省の統計では、実の親が養育できず、保護を必要とする子どもは全国に4万5000人。そのうち、里親や児童養護施設に預けられる6歳以上の子どもは約3万人と全体の3分の2を占め、「6歳以上であるため、特別養子縁組の請求を断念した。」というケースも報告されているそうです。

(4)戸籍の記載の実態
 さらに、「特別養子縁組は、実親との関係を終了させ、養親と実の親子同様の関係を結ぶ。」と言いながら、戸籍実務上、特別養子縁組を行った場合の戸籍は、実の親子の場合と異なり、「○○年○○月○○日、民法817条の2による裁判確定同月○○日父母届出○○年○○月○○日○○市長から送付」と記載されたうえ、続けて実親の本籍地と筆頭者名も記載されているようなのです。
 私も、数年前までこのことを知らず、戸籍上も、特別養子縁組を行ったことは全くわからない体裁になっているものと漠然と思っていましたが、そうではないことを知り、驚きました。
 確かに、「特別養子縁組」「養父母」「養子」等の直接的な文言は記載されていませんが、見る人が見ればすぐわかりますし、養子自身が成長して戸籍を見た場合も、少し調べれば、必ずわかります。
 制度設計した方が、全く実親との関係を辿れないのは不都合であると考えたのか、正確性を期すためにはある程度のことは記載するしかないと考えたのか、そこはわかりませんが、そもそもの制度趣旨にはこの戸籍の体裁はそぐわない気もしますし、この記載では、養親側に「実の親子では無いことをいずれ養子に言うかどうか。」という選択肢はほぼなく、「いずれは子どもが知ること」を前提にしてもらうしかありません。
 ここで、「この制度はあまり意味が無い。」と考えた方もいらっしゃるかもしれません。

4 今般の改正
 法務省は、今年12月3日、特別養子縁組制度について、これまでの「原則6歳未満」という養子の年齢要件を引き上げるべく、法制審議会に諮問する方針を固めたと報じられていました。
 上記のとおり、特別養子縁組制度があまり利用されていない理由の1つとして、養子の年齢要件を指摘する声もあり、年齢要件を緩和することにより、施設などに入所している小学生以上の子どもにも利用を促進できるのではないか、というのが、今回の方針の大きな狙いでしょう。
 何歳までに引き上げるかは未定のようですが、「年齢が高いほど親子関係を築くのが難しくなる。」という指摘もあり、今後慎重に検討されることになると思われます。
 また、この年齢要件の引き上げと併せて、
・養親の負担軽減を目的に、児童相談所長が代理として特別養子縁組を申し立てること
・子どもに安定した環境を提供すること目的に、縁組に同意した実親が同意を撤回できる権利を制限すること
も、今回の検討対象になるとのことです。

5 子どもたちの幸せを願って
 特別養子縁組の問題に限らず、親子の問題を考える時は、必ず、親子とは何か、家族とは何か、「血のつながり」とは何か、など様々な重い問いかけに直面させられます。
 これらは、簡単に答えを出せる問題ではなく、私も、正面切って聞かれたら、答えにつまり、一つ一つ、絞り出すように言葉を選んで「私が今感じていること。」を答えるのが精一杯です。
 また、当然、人によって、考え方も異なるでしょう。
 「実の親のもとで育つのが一番」という考え方も根強くありますし、それが可能なのであれば、それにこしたことはないかもしれません。
 ただ、実際問題として、様々な理由で、実の親が育てられないケースは多々ありますし、実の親の虐待により、子どもが命を落とす痛ましい事件も後を絶ちません。
 「あるべき論」だけでは、現実に対応できないのです。
 親子観、家族観が異なっていても、「全ての子どもに幸せになってもらいたい。」と願う気持ちは誰もが一緒であると思います。
 実の親に十分な愛情を与えられなくても、それに優るとも劣らぬ豊かな愛情や環境を与えられる機会は、できるだけ用意してあげたいと願わずにはいられません。
 そのために、様々な選択肢、制度を用意し、その子どもが置かれた状況に合わせて最善の道を選択できるように整えておくのは、私たち大人の責務ではないでしょうか。
 今回の、特別養子縁組に関する民法の改正が、子ども達を守り、未来を開く方向に資するよう、推移を見守っていきたいと考えています。

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