後見制度支援信託について

弁護士 野呂 芳子

2016年5月20日

1 はじめに
 急速に高齢化社会が進む今、「成年後見制度」という言葉をお聞きになられたことのある方も多くいらっしゃると思います。今日は、その「成年後見制度」の中で、平成24年に始まった新しい制度である「後見制度支援信託」についてご紹介したいと思います。

2 成年後見制度とは?
 認知症、知的障害、精神障害等の理由で、判断能力を欠く方は、ご自分で適切に財産を管理したり、ご自分のためになるかどうかをきちんと判断したうえで、色々な契約を結ぶことが困難です。そのため、このようなご本人に代わり、財産をきちんと管理したり、ご本人のためになる契約を結んだりする人が必要です。
 それが「成年後見人」であり、ご親族がなられるケース、弁護士等の専門職がなるケース、双方がありますが、いずれにしても、この制度は、ご本人の権利・利益を守るために、創設されたものでした。

3 後見制度支援信託とは?
 成年後見制度の利用は、年々増加していきましたが、それに伴い、残念ながら、後見人によるご本人の財産の横領など、不正事案の多発も問題視されるようになってきました。
 そのような中、後見人による不正防止の切り札として導入されたのが、「後見制度支援信託」の制度です。
 簡単に言いますと、概ね1000万円以上の財産をご本人がお持ちの場合、親族後見人の手元には、日常生活に困らない程度の金銭を残し(横浜家裁では現在200万円以内とされています)、それを超える金銭は、全て信託銀行に預けて信託財産にしてしまう制度です。
 この制度では、信託できるのは金銭に限られています。
 信託後、手元金だけでは足りないような大きな出費が発生した場合は、親族後見人が、家裁に報告書を提出し、家裁の指示書をもらって、それを信託銀行に提出して、必要な金銭を信託財産から払い戻すことになります。
 また、ご本人の収支が恒常的に赤字というケースでは、必要な金額が信託財産から定期的に送金されるような設定(「定期金交付」といいます。)も可能です。

4 弁護士の関与
 弁護士がこの制度にどう関わるのかですが、まず、親族後見人が既に就かれている事案について、「専門職後見人」として裁判所から選任されます。
 その上で、対象の事案が、「後見制度支援信託」の利用に適しているかどうか、記録を読み、また、親族後見人の方とご面談して検討します。
 例をあげますと、前記のように、この制度では、信託できる財産は、金銭に限られますので、ご本人の財産の大部分が、株式・動産・不動産等である場合とか、ご本人の収支予定を立てることが困難である場合など、一定の事情がある場合は、「後見制度支援信託」には適さない、という判断をすることになります。
 一方、そのような事情がない場合は、弁護士が、専門職後見人として、信託財産の額を設定し、家裁から指示を得た上で、信託契約を締結します。
 信託契約の締結が終わり、その旨家裁に報告すれば、専門職後見人の役割は終了し、辞任しますので、親族後見人のみの後見に戻ることになります。

5 専門職後見人を経験して
 私も、制度開始以来、数件、「専門職後見人」として関わりましたが、少なくとも私が関わった事案の親族後見人の方々は、皆様、それまでとても立派に、誠実に、後見人の職務を全うされていました。
 「成年後見人」には、定期的に、裁判所に、本人の財産・収支・後見業務の状況等報告する義務があるのですが、弁護士ですら「手間がかかる。」と思ってしまうこうした報告書類も、きちんと作成されておられました。
 中には、私も脱帽するほどきめ細かく現金出納帳をつけられていた方もいらっしゃいました。
 また、ご本人のことを心から案じ、ご本人に支給される数万円の年金のみでは、明らかに赤字であるにも関わらず、ご本人の将来を思い、貯蓄からは一切引き出しをせず、後見人の収入からご本人の不足分を補っておられるような方もいらっしゃいました。
 こうした誠実な親族後見人の方々の中には、裁判所から、「後見制度支援信託」の利用を聞かされ、「一部の後見人の不正をもって、自分たちも不正をした、あるいはすると疑われている。」と傷つかれる方もいらっしゃいました。「信託銀行に、不正の危険故に、信託制度の利用になったわけではないことを、弁護士さんからよく説明してほしい。」と、私に要望された方もいらっしゃいました。
もっともなお気持ちだと思います。
 そうした場合、私としては、親族後見人の方に、過去の業務に何の問題も見られないこと、後見制度支援信託の対象事案として選ばれる基準は、資産の額であり、「不正の具体的危険の有無」ではないことをよくご説明し、ご納得いただくしかありませんでした。
 後見制度支援信託が誕生した背景を考えますと、制度の有用性は否定できませんが、懸命にやってこられた親族後見人の方々のお気持を損なわずに、スムーズに移行することも、非常に大切であると感じた次第です。

6 今後の成年後見について
 悲しいことですが、確かに不正事案は少ないとは言えず、親族後見人の善意や良識のみに頼って「成年後見制度」を存続させていくことは実際には困難です。
 裁判所は、これまでは、横領対策として、ご本人が多額の資産をお持ちで、後見人がご親族という事案では、親族後見人を監督する役割として、弁護士の「後見監督人」をかなり大々的につけていました。
 また、今回ご紹介している「後見制度支援信託」も一つ、有効な制度ではあるでしょう。
 しかし、加えて、私が強く必要性を感じているのは、裁判所による監督機能の強化です。
 年々増加する成年後見事案に比して、裁判所が、人員不足等の理由で、対応しきれなくなっているように感じているのです。
 横領問題は、親族後見人の事案のみでなく、非常に残念ながら、私たちの同業者である弁護士が後見人の事案にも発生しています。
 裁判所は、弁護士が後見人の事案では、個々の事案について、「報告書の提出間隔を逐一チェックして、間が空けば提出を促す。」というようなことは殆どしておらず、実質、後見人任せの状態でこれまできたように思われます。
 これは、弁護士という資格と専門性を信頼してくれているからこそであり、それを裏切って横領した弁護士が悪いことはいうまでもありませんが、家裁が報告書の提出時期や内容を厳しく管理していれば、被害の発生や拡大を防げ得たかもしれません。
 本来、弁護士が、「裁判所の監督を受けなければきちんとやらない。」などというのは、極めて恥ずべきことですが、実際に不正事案が発生している以上そうも言っておれず、裁判所にも、後見事案のチェックをもう少しきちんとできるような体制を考えていただかなければいけないのかと思います。
 それ以上に、私たち弁護士が、専門職としての期待を裏切らないよう、誠実に、また真摯に後見業務にあたるよう、改めて自戒していかねばならないことは、言うまでもありません。

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