日々の活動の中で感じた,取調べ全面可視化の必要性

弁護士 大村 俊介

2015年1月15日

 警察や検察の行う取調べの可視化,つまり取調べの過程を録画録音して,裁判などで証拠に使えるようにしよう,という動きが今,広がっています。日弁連の長きにわたる活動もあって,2006年に検察庁で実施が始まり,徐々に拡大してきましたが,今年2015年の通常国会でようやく,裁判員裁判対象事件など一部の事件について可視化を義務付ける法律が成立する見込みとなりました。

 可視化はすでにイギリス・アメリカの多くの州や韓国,台湾,オーストラリアなどで導入されています。これまで日本では長らく,「被疑者が真相を話さなくなる。」「機材の導入やデータの保管コストが重い。」といった反対意見があり,制度化の障壁になってきました。しかし,国連による累次の勧告,そしてもちろん,厚労省の村木厚子さん事件,昨年3月に静岡地裁で再審開始が認められた袴田事件など,密室での自白を強要する取調べによって得られた調書が冤罪事件の証拠として使われ,または使われそうになったケースが白日の下に曝されたことで,可視化の制度化は,ようやくあらがうことのできない時代の流れになったのです。

 しかし,このような流れがあるにもかかわらず,それぞれの警察署では,今でも担当刑事による,「昔ながらの」取調べがされてしまうことがあります。私が担当した否認事件で,警察官による威迫的な取調べがされ,録音録画を求めて強く抗議した事件がありました。この事件で被疑者のAさんは,被害者のVさんを手拳でぼこぼこになるまで殴った,ということで逮捕されていたのですが,殴ったことを直接示す証拠はVさんの供述しかなく,反対に,目撃者2名は絶対に殴っていない,と供述していました。法律家の目から見て,Aさんを傷害罪で有罪にできる証拠はありませんでした。

 ところが,担当刑事はVさんの供述を全面的に信じ,Aさんがそれに沿わない供述をしようとすると大きな声で遮り,「本当は~なんじゃないのか!」と断定してAさんに犯行を認めさせようとしたのです。その担当警察官は,「おれはあんたを偏見で見ている。それはそうだよ,正直に言うよ。」とすら言いました。私が接見に行くとAさんは,いつも大粒の涙を流しながら,「信じてください,私は本当にやっていないんです。」「担当刑事が夢にも出てきて,毎日うなされています。」「頭がおかしくなっちゃう。」と私に訴えました。

 私は,勾留を直ちに取り消すよう裁判所に求めるとともに,捜査機関に対して取調べ可視化を求める申入書を提出し,Aさんは取調べの全過程が録画されない限り,黙秘して一切捜査に協力しない考えであることを伝えました。また,担当刑事に直接会いに行き,抗議を行いました。申入書の提出以降は取調べが入らなくなりました。そして,Aさんは勾留延長満期で処分保留となり,釈放されました。しかし,Aさんは釈放後も精神状態が回復せず,支離滅裂な言動を繰り返してしまうなど,事件の爪痕が深く刻まれてしまいました。

 他方で,捜査機関は違法不当な取調べを認めず,「言い合いになれば,少し語気が荒くなることもある。」「一部だけ言葉を取り出せば,酷いことを言っているようにも聞こえる。しかしそれはミスリーディングだ。」などと弁解し,裁判所も,録音録画という客観的な証拠がない中では,Aさんの言い分を認めて勾留を解くという行動には出ませんでした。

 留置施設で身柄拘束されるという事態は,想像しがたいほどに心身を消耗させます。そのような中で,捜査機関に犯人と決め付けられ,連日強圧的な取調べを受けて自白を迫られれば,精神的健康を損ねてしまうことがあるだろうということは,刑事事件に関わったことのある人であれば,誰にでも想像ができます。しかし,取調べは密室で行われており,客観的証拠がなければ結局,お咎めなしで済まされてしまうことの方が多いのです。

 私の担当したAさんの事件は,死刑判決を出されてしまう冤罪事件とはスケールが異なりますが,より頻繁に起こりうることであり,全く見過ごすことのできない不正義であると,私は思います。

 今年取調べの可視化が一部制度化されますが,対象事件は限定され,全体の事件数の3%程度ともいわれています。また,取調官には録音録画を行わないことができる裁量権が与えられ,せっかくの制度が骨抜きにされてしまう恐れもあります。

 Aさんの事件のような不正義が放置されないためには,制度が正しく運用がされるよう厳しく監視していく必要がありますし,早急に,取調べ全過程の録音録画が制度化されるべきでしょう。日本の刑事司法は,まだまだ被疑者,被告人の基本的人権に対する配慮が不十分なのです。

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