いじめによる最悪の被害を招かないために

弁護士 栗山 博史

2014年3月14日

1 いじめ防止対策推進法が施行されました
 2011年に発生した大津市中学生のいじめによる自殺事件について、翌2012年、学校の対応の遅れ、教育委員会の隠ぺい体質などが報道されました。子どものいじめによる自殺については、1986年・東京都中野区の中学生いじめ自殺事件(いわゆる「葬式ごっこ事件」)、1994年・愛知県西尾市の中学生大河内清輝君のいじめ自殺事件、2007年・兵庫県神戸市の高校生のいじめ自殺事件(「滝川高校いじめ自殺事件」)をはじめとして、公表され、報道されているものだけでも多くの事件がありました。
 事件が明るみに出ると、その都度、文部科学省は、大臣が声明を出したり、全国の教育委員会や学校に呼びかけるなどして、それなりの対策を行ってきたはずですが、いじめによる自殺は後を絶たず、この20~30年、悲劇が繰り返されてきました。このような中、大津市の事件を受けて、いじめ問題が改めてクローズアップされ、国会議員が動き出し、2013年6月に『いじめ防止対策推進法』が成立しました(9月28日施行)。

2 いじめ防止対策推進法はどんな法律でしょうか
 いじめ防止対策推進法(以下「推進法」と書きます。)は、5つの章に大別されています。
  第1章 総則
  第2章 いじめ防止基本方針等
  第3章 基本的施策
  第4章 いじめの防止等に関する措置
  第5章 重大事態への対処

  どのようなことが書かれているかといいますと、第1章では、法律が何を目指しているのか、いじめとは何を意味するのか、いじめ対策としてどのような姿勢でのぞむべきか、といったことが記載されています。第2章は、法律で細かなことまで書き込むことはできないので、国や県・市などの地方自治体で、それぞれ、いじめの防止・早期発見・対処のための基本方針を定めることを求めています。第3章は、国、地方自治体、学校が、いじめ問題について日頃から取り組むべき事柄について定めています。
 第4章第5章は、この法律の中核部分といえると思います。第4章では、とりわけ、学校が、いじめの防止・早期発見・対処をしっかり行うために、教職員だけでなく、臨床心理士や福祉関係者などの専門家によって構成される組織をおくことを求めています。そして、いじめがあると思われるときの対処についても定めています。具体的には、いじめの事実の確認と子ども保護者への支援などです。第5章は、「重大事態への対処」ですが、「重大事態」とは、自殺・自傷や、大けがをさせられた、あるいは、大金を奪い取られたなどの被害が疑われた場合です。また、いじめにより長期間(30日以上を目安とします)学校を休んでいる場合も含まれます。こういうときに、教育委員会や学校は調査を行うものとされています。そして、そのうえで、調査の結果得られた情報を子どもや保護者に知らせるものとされました。また、重大事態においては、場合によっては、知事や市長が、教育委員会や学校の調査の内容を検証するために再調査するということも想定されています。

3 いじめの重大事態では調査は必ず行われます
 先ほども述べたとおり、重大事態とは、子どもがいじめによって大けがをさせられたり、自傷行為・自殺をするというような事態のほか、いじめによる不登校の場合も含まれます。いじめによってこのような被害が生じたことが疑われた場合には、教育委員会や学校による調査が必ず行われる、そして、必要があれば、さらに知事や市長といった地方自治体の首長の判断により再調査されることがある、という点で、推進法は画期的な内容を含んでいます。
 なぜ画期的かといえば、いじめによって自殺などの重大な被害が生じた場合でも、これまでは、早期の段階で「いじめはなかった」とされ、あるいは、いじめの事実があったと判断されても、そのことと自殺とは因果関係がないと判断され、結局真相は闇の中、ということがほとんどだったからです。
 過去に、いじめを原因として自殺したと思われる子どもの親たちが、学校を設置する市町村に対して損害賠償を求める訴訟を起こしてきましたが、これは、お金が欲しくてやっているのではありません。学校や教育委員会が何も事実を明らかにしてくれないことから、真相を知るために、訴訟を起こさざるを得ないというのがほとんどでした。どうして我が子は命を落とさざるを得なかったのか、親として、せめて子どもの気持ちを知ってあげたい、という、子どもが体験した事実を親が追体験することによって、我が子に寄り添いたい、という思いがあります。また、我が子は、理由なく自殺したのではない、命を絶たざるを得ない理由があったからこそ命を絶ったのだ、ということを明らかにして我が子の名誉を守りたいという思いもあったかと思います。私が訴訟代理人を務めた、神奈川県内の津久井町の中学生いじめ自殺事件でも、加害生徒と学校側の責任を認める判決が出された直後にお父さんが述べた「息子の名誉が守られました」という一言は大変印象的で、10年以上経った今でも忘れません。
 今回、推進法は、このように、これまで自殺した子どもの親が自ら立ち上がって訴訟手続きを通じてようやく実現できたことを、今度は、学校側が自ら実施しなければならない、としたのですから、とても意義のあるものなのです。
 また、自殺事件のみならず、大けがを負わされた事件や不登校の事件等にも調査対象が及びますので、法律の趣旨からすれば、かなり多くの事件について調査が実施されることになります。事実関係が明確になることで、今まさにいじめで苦しんでいる子どもを助け出すことができる可能性が広がったという点では、とても良かったと思います。
 ただし、大切なことがあります。この調査を実際に行う調査委員会の中に、いじめ問題に関して素養のある、かつ、一定程度の実務経験を積んだ弁護士が入ることです。調査の最も大事なところは、いうまでもなく事実の認定です。どういういじめがあったのか、何人の生徒が関わっていたのか、被害生徒はそのいじめをどのように受け止めていたのかなどの判断をするうえで、膨大な証拠の中から、事実関係を丁寧に拾い上げて事実を的確に認定していく必要があります。そうしないと真相が明らかになることはありません。こういう問題意識から、日本弁護士連合会や各都道府県内にある各地の弁護士会(神奈川県では、横浜弁護士会です。)では、県や市の調査委員会などに適切な委員候補者を推薦する態勢を作ろうとしています。

4 調査は、被害者や保護者のためだけでなく、再発防止を考える題材に
 教育委員会・学校・市町村の首長による調査が、被害者やその家族・遺族にとってとても大切なものであることはすでに指摘したとおりです。しかし、一面において、このような調査結果は、将来、同様の事件が起こることを防ぐための対策を考えるうえで貴重な題材をもたらしてくれることを忘れてはなりません。一つ一つの事件は、私たちが何をすべきか、という教訓を語っています。それゆえ、教員はじめ教育関係者は、この調査結果を十分に検討して将来に活かす必要があると思います。
 裁判のケースではありますが、私が担当した前述の中学生いじめ自殺事件では、東京高等裁判所は、生徒の自殺直前に行われたいじめについて、学校側が保護者に連絡をしなかったことを問題だと指摘しました。
 生徒が、ある日の朝、登校してみると、自分の机にマーガリンが塗られて花瓶の水がかけられ、椅子には画びょうが置かれるなどの事態に直面しました。生徒は、精神的に落ち込み、継続的ないじめに耐えかねてこの日の夕方自宅の自室で自殺をします。生徒の母親は専業主婦で自宅にいたのですが、担任教員は、このマーガリン事件を、生徒の帰宅前に保護者に連絡しませんでした。もし、教員が生徒の帰宅前に、このマーガリン事件を母親に報告し、注意を呼びかけていたら、自殺を回避できた可能性は高かったのではないでしょうか。
 この点について、東京高裁判決判決(2002年1月31日)は、次のとおり指摘しました。
 「マーガリン事件は、極めて悪質、陰湿ないじめ行為であり、これにより生徒が多大な精神的打撃を受けたもので、教員においてもこのことを当然に了知していたと認められる(約1週間前には生徒の目の下に大きなくまができており、前日には非常に興奮した状態になり、マーガリン事件後には元気がなさそうであったというのであるから、担任教員としては生徒のこのような状態を把握していたか、把握すべきであった。)のにかかわらず、教員は、マーガリン事件を生徒の両親に報告しなかったが、従前は必要に応じて生徒の帰宅前に家庭への連絡をしていたのであるから、このことも家庭への連絡措置をおこたったものとして、安全配慮義務違反を構成するものと認められる。」
 この事件からは、重要ないじめ事実は、学校が抱え込まず、保護者に連絡すべき、という教訓が導かれます。いじめ被害に遭いやすい中学生・高校生は、多感な思春期です。保護者との会話も少なくなり、自分がいじめられていることを、親には「恥ずかしい」「迷惑をかけたくない」等の理由により告白しないことが少なくありません。本人から告白されなくても、せめて学校側から情報をもらえれば、親としても家庭内で配慮することができますから、最悪の事態は回避できるかもしれません。
 今後、各地で、いじめの調査が実施されると思いますが、調査結果からは、教員をはじめとする周囲の大人の対応の問題点は浮かび上がってくると思います。教員をはじめとする教育関係者、そして、私たち大人が、調査結果に現れた事実関係を謙虚に受け止め、再発防止につなげることによってこそ、推進法が求める調査の意義を高めることができるのだと思います。

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