旧野庭高校いじめ自死裁判が終わる

弁護士 栗山 博史

2008年1月30日

 私が弁護団の一員として関わった旧野庭高校いじめ自死裁判が終結しましたので、ご報告します。

★事案の概要
 小森香澄さん(当時15歳)は、1998年4月7日、県立野庭高校(当時)入学と同時に吹奏楽部に入部したが、4月下旬ころから、「アトピーが汚い」などの言葉による「いじめ」を受け、部活動の練習を休んだり、遅刻をするようになった。
 6月に入って、横浜市青少年相談センターでカウンセリングを受けるとともに、精神的を受診し、「心因反応(うつ状態)」と診断された。
 7月25日、自宅トイレで自死を図る。救急車で運ばれ、集中治療室での措置を受けたが、翌26日午前中には脳死状態、27日他界。
 香澄さんが自死した後、8月上旬ころ、学校側は吹奏楽部員に対して、①自分自身が香澄さんとどのように接してきたか、②今後の野庭高校の吹奏楽部の活動をどのようにしたらよいか、の2点をテーマとして投げかけて作文を書かせた。
 両親は、8月10日、校長宛「質問書」を提出。
 質問の内容は、①両親の相談に対し野庭高校はどのような対応をしたか、②香澄の自死の原因は何であったと考えるか、③学校長は香澄に対するいじめをいつ知ったか、④いじめを行ったとされる生徒、父母に対し今後どのような指導をするか、⑤今後このような事故を起こさないため、どのような取り組みをするか、というもの。
 質問書に対して満足のゆく回答はなく、両親は、その後、校長に対し、香澄さんの自死の原因に関する事実調査をすることを求めるも、拒否された。
 学校側は、結局、「『いじめ』という認識はしていません。」と回答。

★弁護士会に対する人権救済申立て及び提訴
 両親は、1998年11月、横浜弁護士会に対し、人権救済の申立てを行った。
 その後、横浜弁護士会人権擁護委員会の丁寧な調査の結果、2001年1月12日、野庭高校校長あてに「警告」が出された。
 しかし、最終的に出された警告書添付の報告書の内容は曖昧な表現を多々含むものであり、事案の真相が究明されているとはいいがたいとして、両親は提訴を決意。
 2001年7月に提訴。弁護団は6名。横浜地裁6民合議に係属。

★両親の請求の内容
 女生徒A、B、Cについては、いじめが不法行為(共同不法行為)であるとして、民法709条、719条に基づき損害賠償請求。
 学校側については、教諭の過失についての県の損害賠償責任(国家賠償法1条、債務不履行)を追及。過失の中身は、①教諭は、A、B、Cのいじめによって香澄さんの生命・身体に対する危険が生じていたことを認識したにもかかわらず、香澄さんの生命・身体の安全を確保するための措置を何ら講じなかったという安全配慮義務違反、②自死の原因が学校に起因することが疑われる場合には、自死の原因を知りたいと思う両親(遺族)に対して、自死原因を調査し報告する義務があるにもかかわらずこれを怠ったという調査報告義務違反、大別してこの2点であった。

★横浜地裁判決(2006年3月28日)
 横浜地裁判決は、Aに対して、香澄さんに対する人格権の侵害行為があったとして、不法行為による損害賠償56万円を認容。Aの言動と香澄さんの自死との相当因果関係は否定。B、Cについては、実質的に「いじめ」的関係を認めつつも、証拠不十分として請求棄却。
 被告神奈川県に対しては、以下の理由により、330万円の損害賠償を命じた。
 クラス担任・養護教諭は、野庭高校のしかるべき担当者に香澄さんの問題を伝達し、また、野庭高校は組織として、香澄さんの問題を取り上げ、香澄さんの話を受容的に聞いたり助言する、あるいは、被告生徒らの言い分を聞いて助言する、あるいは、生徒全体を相手に注意を喚起する等香澄さんの苦悩を軽減させるべき措置を講ずる必要があった。
 しかし、クラス担任・養護教諭とも、原告美登里(注:母親)の訴えを聞いても香澄さんや原告美登里に対する積極的な働きかけはせず、単に、原告美登里から訴えがあった都度その話を聞く程度に終始し、学校当局に対し、香澄さんの問題を報告することもせず、したがって、野庭高校全体としても、何ら、組織的な対応をすることなく終始した。
 そして、香澄さんが原告美登里に体調不良や被告生徒らの不快な言動を訴えてから、自死に至るまで約3ヶ月が経過し、その間、香澄さんの状態は徐々に悪化していったと見られることや香澄さんの年齢、問題の性質からすると、野庭高校の教員が、5月中旬あるいは6月中旬までに、香澄さんに関し、適切な措置を講じたら、それにより、香澄さんの苦悩は相当程度軽減されたものと認めるのが相当である。
 よって、野庭高校の教員には香澄さん問題に関し、注意義務違反がある。
(自死についての責任は否定し、生前の香澄さんに精神的苦痛を与えたことに関する損害賠償に限定した。調査報告義務違反はないと判断。)

★高裁での展開~和解成立
 A、県、小森さん両親はそれぞれ控訴し、高裁21民に係属。
 2006年7月3日、第1回口頭弁論が開かれた。
 Aとの間の和解協議が先行し、2007年2月19日和解が成立した。
 主な和解内容は、
①Aは、一審原告らに対し、Aの言辞により、心ならずも、香澄さんの心を深く傷つけ、香澄さんを精神的に追い詰めてしまったことを陳謝する、
②弔慰金30万円の支払い、であった。
 その後、Aに関する和解協議を含めると15回にわたる和解協議を経て、2007年12月21日、県との間の和解も成立した。
 主な和解内容は、
①和解金として440万円の支払い。
②神奈川県は、一審原告らに対し、一審原告美登里が、平成10年当時旧野庭高校の教員らに対して、香澄さんが所属する部の他の生徒からの言動等により悩んでいることを相談したにもかかわらず、教員らが単に一審原告美登里から相談があった都度その場での対応に終始し、心身の不調が報告されていた香澄さんに対して、学校全体としての適切な対応をとらなかったことについて陳謝し、香澄さんの苦悩を癒しその心身の状態を改善させることができなかったことについて遺憾の意を表する。
③旧野庭高校においては、平成10年当時、本件に関し調査した際、香澄さんが自死を図った当日、他の生徒に対し部活でいじめられていると電話で話したという情報について、これを他の情報と総合した結果、いじめにあたらないと判断して、一審原告らが本訴を提起する前に一審原告らに対し一切知らせることがなかった。神奈川県は、一審原告らがこのような重要な情報を本訴提起前に提供されなかったことについて深く傷ついていること及び亡くなった子どもの遺族が事実を知りたいという基本的かつ切実な要求を有していることを理解し、法令の範囲内において、最大限配慮した教育行政を実践することを約束する。
④神奈川県は、旧野庭高校が平成10年当時に本件に関し生徒らに書かせた作文(ただし、既に作成者の同意を得て証拠提出されたものを除く)について、これらに含まれる香澄さんに関する情報を集約した文書(ただし、個人名及び作成者について判別できないようにしたもの)を作成し、一審原告らに交付する。一審原告らは、この文書の内容を口外しないこと及び第三者に開示しないことを約束する。
⑤神奈川県は、②に記載した点についての反省と③に記載した理解に基づき、また、昨年来、全国的に、いじめが原因とみられる児童生徒の自死が報道されたことを踏まえ、抜本的ないじめ対応策について検討する等、同種事件の発生を防止するために尽力することを約束する。
 というものであった。

★事実を知ることの困難さ
 娘が高校入学後、わずか3ヶ月余り後に「いじめ」を苦にして自死した。
 親としては、どうして香澄さんが命を落とさざるを得なかったのか、せめて事実を知ってあげなければならない、という思いを常に抱き続けてきた。
 そして、事実関係を明らかにし、その責任の所在を明確にすることが、同種の悲しい事件の再発を防ぐことにつながり、また、亡くなった香澄さんの無念な思いに報いることになるとも考えた。
 弁護士会の人権救済申立事件では事実関係の究明において限界がある、それを訴訟で乗り越えたいとの思いがあって提訴したが、訴訟における真実究明も困難を極めた。
 学校内で発生した出来事について両親には1つ1つの事実を細かく知る術がない。いじめを受けていた当の香澄さん本人はすでにこの世にいない。生前香澄さんから母に話された事実もあったが、それは氷山の一角にすぎない。したがって、裁判の目的である真相解明のために、せめて学校側に残っている資料を開示すべきである。そこで、学校側に残っている文書について文書提出を求めた。学校側が任意に提出してくる文書もあったが、最後の最後まで提出を拒否されたのは、生徒たちに書かせた「作文」であった。
 結局裁判所の文書提出命令を求めることになったが、地裁も高裁も、作文はもともと開示が予定されているものではなく、開示することによって生徒と教師との信頼関係が破壊され、公務の遂行に著しい支障が生ずるとの理由により、作文を書いた当該生徒の同意がない限り、文書提出を命じないという結論であった。
 その結果、31通の作文のうち裁判所に提出されたのは15通であった(A、B、Cを含む。)。
 それでも、開示された一部の作文から新たに判明した事実もあった。香澄さんの親友のある生徒は、香澄さんが自死を図る直前に携帯電話で香澄さんと話をした内容を詳細に作文に記載していた。香澄さんはその中で、B、Cからいじめられているということをその友人に告白していた。香澄さんの自死直後に学校側に宛てた質問状に対する学校側の回答では、いじめという認識はしていないとのことであったが、まさに香澄さんが、自死当日にいじめられていると訴えていたことがわかったのである。学校側からは、このような作文の記載があることは、裁判前には一切情報提供されることないまま、いじめという認識はしていないという結論だけを示されていたのである。裁判を起こしていなければ闇に葬られた事実であった(高裁和解条項③参照)。
 両親は、裁判で学校側の責任を追及するというのとは別の視点から、せめて香澄さんのために香澄さんに起こった事実を知ってあげたい、という思いを強くしていった。和解協議では、せめて作文が廃棄されるまでに読ませてもらいたい、この点を強く訴え続けた。県は、作文そのものの開示には応じなかったが、事実を知りたいという両親の切実な要求に配慮し、作文に記載された内容を作文作成者が特定できない形にして抜粋・要約した文書を交付してくれることになった(高裁和解条項④参照)。

★遺族の「事実を知りたい」という気持ちに応えること
 子どもをいじめ自死によって失った遺族が、全国で、加害生徒や教育行政の責任を追及すべく損害賠償請求訴訟を提起してきた。しかし、その主要な目的は金銭による償いではなく、「事実を知りたい」ということが多い。
 被害者本人は亡くなっており何も語れないうえ、いじめの目撃者は学校内の教師や生徒であるため、遺族は情報にアクセスしにくい。それゆえ学校側が行った事実調査の結果が重要であるが、学校側はその結果をプライバシー保護等を理由に外部に出さない傾向にあり、遺族もその例外ではない。学校側は、ブラックボックスの中でいじめの事実を否定し、遺族に真相が知らされない。
 そこで、遺族は、真相究明の場としてやむなく訴訟という手段を選択せざるを得なかったのである。しかし、訴訟は遺族に対し多大な経済的・精神的負担を強いるものであり、そのような手段をとることができない遺族の方が圧倒的に多い。
 繰り返すが、遺族は、事実を知りたいという基本的かつ切実な要求を有している。訴訟などせずとも、遺族が十分な情報を得られるよう、教育行政の意識と運用の転換が求められる時期に来ている。

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