映画『約束』を観て改めて死刑を考えさせられました

 昨日、横浜弁護士会(刑事法制委員会)が主催した映画上映会に参加しました。映画のタイトルは、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』です。出演者は、仲代達矢(死刑囚奥西勝さん役)・樹木希林(奥西さんの母役)ほかで、本格的ドキュメンタリー映画でした。私は、この事件が、日弁連が支援する再審事件であるにもかかわらず、テレビの特集報道等で見聞きしていた程度の知識しかありませんでしたので、この事件をきちんと知っておきたいという思いから参加しました。映画の上映の前には、再審請求事件弁護団の河井匡秀弁護士が、事件の概要やこれまでの経過の概略を話してくれました。

 名張毒ぶどう酒事件というのは、私がまだ生まれる前の1961年、三重県名張市で発生した事件です。村の公民館で行われた懇親会で、ぶどう酒が振る舞われ、その中に農薬が混入されていたため、これを飲んだ13名の女性のうち5名が死亡しました。奥西さんは、そのぶどう酒に農薬を混入したと疑われ、事件発生から6日後に逮捕されました。

 1964年12月、津地方裁判所は無罪判決を出しましたが、検察官控訴され、1969年の名古屋高裁は逆転死刑判決を下し、1972年には最高裁の上告棄却により死刑確定となります。以降、奥西さんは、死刑囚として拘置所に身体拘束され、今日に至ります。1973年以降に行われた6回にわたる再審請求はいずれも棄却され、第7次再審請求によって、2005年にようやく開いた再審の扉(4月5日再審開始決定)も、その後の検察官の異議申立と審理を経て昨年10月に最高裁で請求棄却が確定します。その後、11月、第8次再審請求がなされました。

 長きにわたる弁護団・支援者の闘いにより、奥西さんの有罪判決を裏付ける客観的証拠は、ことごとく証拠価値を失っていきました。奥西さんの自白の中では、ぶどう酒に混入したとされる農薬は、ニッカリンTだとされていましたが、その後の成分鑑定によって、ニッカリンTではなかったことが明らかになりました。同じく自白の中では、ぶどう酒の王冠は奥西さんが歯でこじ開けたとされていましたが、王冠には特徴的な金具の屈曲があり、これは、弁護団による実験の結果、歯でこじ開けることによっては生じ得ないものであることが明らかになりました。このほかにも、奥西さん犯行説を揺らがせる関係者の供述変遷が顕著で、もはや証拠は、捜査官の誘導によって作られた自白しかないという状況になっている、というのです。

 2005年4月5日の再審開始決定(名古屋高裁)は、奥西さんの有罪を裏付けていた重要な物的証拠が瓦解したとの判断がなされたからこそ下された英断だと思います。しかし、その7年後、同じ名古屋高裁で、別の裁判官は、「請求人(奥西さん)が、自ら極刑となることが予想される重大犯罪について、このように、自ら進んで、あえてうその自白をするとは考えられない」という、自白偏重の判断を行いました。過去の冤罪事件の経験から、捜査官の暴行・脅迫のみならず、さまざまな利益誘導等によって容易に虚偽の自白が作られることがあるということはもはや周知の事実です。だからこそ、取調の可視化というものが昨今強く求められているのです。このような時代の趨勢のなか、このような判示がなされること自体、信じがたい思いです。

 一度開いた再審の扉がまた閉じられる。奥西さん・弁護団・支援者にとって、なんという残酷な苦難でしょうか。以前のブログで、加賀乙彦氏の小説『宣告』の感想として、死刑囚が抱える、「いつ訪れるかわからない死」を毎日体験する恐怖について書きました。奥西さんの場合、死刑の恐怖だけではありません。犯してもいない殺人の汚名で死刑にされるという、決して受け入れがたい理不尽を併せ持つ恐怖です。40年以上(逮捕からは50年以上)、冤罪による死刑の恐怖に怯えながら再審請求を繰り返し、ようやく照らされた一筋の光。しかし、その光のでどころに、裁判所は、冷徹にも重い鉄の蓋を被せました。

 映画を観て、絶望的な思いを抱くとともに、しかし、それでも、奥西さんを助け出すために、諦めず、即座に再審請求を出し、無罪の新証拠を見つけようと動き出す、弁護団・支援者の皆さんには、本当に頭が下がります。心底より頑張ってほしいと思います。

 奥西さんは今88歳で、体調も良くないと聞きました。奥西さんの父母、ご長男は、すでに亡くなってしまいましたが、せめて、ご本人に生があるうちに、無実が明らかになることを願うばかりです。

                                                         弁護士 栗山博史