5年前、お気に入りだった傘を無くしてしまいました。モネの「日傘の女」の描かれた傘で、雨が降るたび喜んでさしていたのですが、探しても出てこず、めったに買物に行かない私にはそれっきり絵画シリーズの傘を買う機会もなく、5年が過ぎてしまいました。

 先日、通勤帰り、日本大通駅の構内で絵画シリーズの傘を売っており、飛びつきました。「日傘の女」はありませんでしたが、あれこれ見た末に、同じモネの「プロムナード」を買いました。それだけのことですが、何だかとても嬉しくなって帰宅しました。

買った傘を眺めながらカトリーヌ・ドヌーブの、「シェルブールの雨傘」を思い出しました。有名なこの映画、私は実際に見る前に、紹介記事などで、「恋人が出征し、女性は他の男性と結婚してしまった。」と読み、恋人が戦地で亡くなってしまったか、あるいは、ヴィヴィアン・リーの「哀愁」のように、亡くなったという誤報を受けてしまったのだろうと思いこんでいました。 

ところが、実際に、映画を見てみたところ・・・そのような、心変わりのきっかけとなるような劇的なエピソードは何もなかったのです。何もないまま、ドヌーブ演じる主人公は、他の男性と結婚してしまったのです。事前の思いこみと全く異なっていたこともあり、見終わって暫く私は「なぜ?」と腑に落ちない思いでした。

でも、暫く経ってふと思いました。何もないのに、自らの不安のみで心を揺るがせ、愛を見失っていく。それこそが初恋の、淡雪のような、あるいは砂の城のようなはかなさ、もろさであり、危うさなのであろうと。そう思うと、映画の哀しみが一層心に染みいってきました。

冒頭の、たくさんの傘が回る美しいシーン、そして、ラストの、かっての恋人と再会した人妻となったドヌーブの表情、そしてあの切ない音楽。梅雨の間、何度も私の頭をよぎりそうです。                      弁護士  野 呂 芳 子